Category Archives: いい笑顔日記

謹賀新年

昨年も大変お世話になりましてありがというございました。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 
 
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温かなゆりかごの中で
 
年始、母を誘って横浜に中華を食べに行った。
行く途中の車中での会話は昔の横浜、あれやこれや…
母は久しぶりの横浜に思いっきりワクワクしてくれた。
そんな道中を経てレストランに着き、お食事が始まるやいなや今度は、
「美味しいね〜美味しいね〜」の連打、
妻はただ、うんうん、と相づちを打ち、娘は好物に舌鼓を打ち、息子は珍しさに膝を打った。
ぼくは皆のその顔を見、嬉しくて幸せで、心打たれた。
 
食事の後、せっかく母と横浜に来たんだからコスモクロックに乗ろう!とぼくが言った。
今の時代、もしかしたら車いすでも観覧車に乗れるんじゃないかな?と調べたら、やっぱりOK!
八十〇歳の母は、迷惑がかかるんじゃないかとめっちゃ躊躇するが、電話してみたらまったくもって大丈夫、ぜひ来てください!と言ってくださった。
 
チケットを購入したら長蛇の列をなしている乗り場の横を抜け優先搭乗させてくれるというが、何とも申し訳ない。
ぼくは車いすを押しながら小声で何度も、すみません、すみません、すみません、、、、と言い続けた。
 
乗り込んだゴンドラは思ったより快適で車いすほか四人が乗っても余裕で、かつ観覧車のネオンの灯りがとても近く美しくて居心地がいい、そしてすぐ、一瞬にして世界が変わって行った。
上空から見るみなとみらいは冬の澄んだ空気の中煌めきを放ち、まさに港横浜!
しかし母の記憶にある昔とはまったく違っていたらしく、盛んに回りをキョロキョロして自分が知ってるマリンタワーや氷川丸を探していた。
子どもたちも大はしゃぎで、と言ってももう大人だけど、じっとしながら映えるぼく(笑)と母をいっぱい撮ってくれた。
 
そんな母にとっての新しい横浜の夜景を見せてくれたゴンドラも終盤に近づくと、ゴンドラ内に放送が入った。
”もうしばらくしたらゴンドラが停止しますが、故障ではありません” と言ってくれている。
母を下ろすために、このすべてのゴンドラを停めてくれるのだ。
確かに乗車する時にもゴンドラを一度停めて、車いす用のスロープを取り付けてくれてから乗車した。
乗るときももちろん、ありがとうございます、と思ったけど、今この放送を聞いたら、この美しい夜景を母に見せてくれたこの場に居る皆さんに、言葉にならない感情が押し寄せ、感謝の気持ちが溢れた。
 
 
帰り、コスモワールドの出口を出て橋を渡る途中、
海側から吹く冷たい風をよそにぼくは、
「今夜はそんなに寒くなくて良かった」とみんなに言った。
 
いや、寒いのだ。
ぼくらが寒くなかったのはあの温かなゆりかごに乗せてもらえたから
この沢山のゆりかごは全部温かい
それぞれ違う境遇の人たちが笑顔で楽しみその時間を温めている
ぼくらはこの場に居る人の優しさに触れられたから、今、家族皆が温かく感じられているのだ。
 
人は一人で生きているのではない、
どこの誰と知ることのできない人にさえ支えられて生きている
自分が得ることができた幸せの感情は、誰かがもたらしてくれたから
 
 
ぼくは橋のたもとで車いすを押す手を止め、もう一度観覧車を振り返り、さっき乗った60番と名が付いたゆりかごに、目を瞑ってお礼を言った。
 
 
 
 
 
 
 
2022yokohama2
 
 
 
 
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昨年も沢山の素晴らしいお客さまに恵まれました。
私たちを家族のように迎えてくれて、お客さまという枠を超えて、人として本当にステキだなと感じる方々に出逢うことができました。
そして、そのお客さまの願いを叶えるべくステキな仲間にも恵まれ、
人と人との不思議な出逢い、そして友情に恵まれた一年でした。
 
 
ぼくは思いました。
ぼくの人生がこんなにも幸せで美しいのは、
愛するスタッフが居てくれるからなんだと。
 
ぼくにとっての幸せとは、
お客さまはもちろんのこと、そして家族はもちろんのこと、
大切に思える人がずっと側いてくれることこそが、ぼくにとって最大の幸せなのだと。
 
 
 
元旦
初護摩を頂き、初詣をし、今年の準備を整えました。
 
新しい時代 
NEW ERA of ms Desgin 
林 正晃
 
 
 
 
 
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大学生の皆さんはこのコロナ禍で自由に企業研修やインターンに行かれず、それを学校は様々な取り組み方で活動を支援していると聞いた。
二人の我が子も同様、思うように学校に行かれず、毎日PCの前で奮闘しているのを見ていると奥歯を噛むと同時にとても複雑な心境になったりする。
今回のこの講義は某大学の建築を学ぶ二年生に向けて、学生さん側が企業に出向いてインターンを受ける通常の形ではなく、学校側から依頼された数社の企業が生徒さん方に向けてそれぞれの講義をする、という形で行われるという。
当初は学校に招かれ、大きな講堂で行う予定だったが、この感染状況では生徒さんを登校させるわけにいかないということで、完全リモート講義になった。
 
ぼくはこのご依頼を受け、本番まで一ヶ月ちょっとしかない状況で、何を語るかを一生懸命考えた、何しろ、初めての経験だから。
講義時間は二時間。
そんな長く語れるわけないよ〜!なんて、ウチのスタッフ達に言ったら、
それはまったく心配してない!笑、だって。
ぼくの語りは人を惹きつけるし、面白いし、魅力的だと褒めてくれた。
褒められれば木に登るわけで、お猿のぼくは建築を志す未来の若者に向けてのシナリオを一気に書き上げた。
 
タイトルは、
 
「大人になることは楽しい
  自分を幸せにするために、
   人を幸せにする建築士という生き方」
 
未来のアーキテクツに向けて、パワポだけでなく、沢山の資料と写真、動画とウチの若手新卒者のインタビューなどを用いて行った。
ぼくとしては一生懸命やった。
一番伝えたかった、建築の魅力〜ステキな大人へ、を言えたんじゃないかなと、、、
諸先輩方から見れば、何をほざくか!と言われるだろうが、この先、更なる幸せの国日本にしていく学生さんへ、正直、手前味噌だけどそう思った。
 
 
 
それから数日後、担当の先生から思わぬメッセージが届いた。
あの日の講義の感想を頂いたのだ。
担任の先生から生徒さんに任意で募ったという感想文、
ぼくはドキドキで目を通した。
 
その中には様々な思いが詰まっていた。
長い講義時間、拙い話し方にも関わらず、ぼくが言葉にしなかったハートの中の事を理解してくれていたり、自分の将来に重ね合わせて聞いてくれてたり、、、
ぼくはそれを読み進めるごとに心揺さぶられ感動し、今の若者の膨大な可能性と、建築業界のみならず、日本の素晴らしい未来をも感じることができた。
そして、とても勉強になったし、素晴らしいと思った。
 
 
 
 
この講義が講堂での演でなくリモート講義に変更になった瞬間、ウチのスタッフは皆で協力をしてこの日をつくりあげてくれた。
ご依頼を頂いたのはぼくだけど、ぼくだけの事でなくなった瞬間、こういう時のスタッフの協力関係は、ス・ゴ・イ!
これは絶対にどこにも負けないんじゃないかな。
と言っても、他がどんなかは解らないが、ウチでは何というか、、、そういう時に、魔法のような時間が訪れる。
ミラクルなのだ。
会社が虹色の柔らかなドーム状のものに包まれているような、
シャボン玉が割れずに机に着いて、そのまま割れないで半円が保たれているような、
ふるふる揺れながらレインボーがキラキラ見えるような、
その中で、皆が笑いながら楽しく、時に忙しくちょこまか動いているような、そんなふうに感じるのだ。
その中はとても平和で安全、楽しく幸せ、そんな美しく優しい世界。
そんな仲間がつくるのだから、出来上がるものが素晴らしくない訳がない。
それは家でも、このようなイベントでもそうなのだ。
これこそが’ohanaであり、エムズデザインなのだと。
みんなありがとうね!
 
 
ここに、もう一度このような素晴らしい機会を与えてくださった大学の教授をはじめ諸先生方へ心よりお礼を申し上げます。
この度の機会を頂きましてありがとうございました。
御校の益々の発展と共に先生と生徒さんのご健勝をお祈り申し上げます。
 
代表 林 正晃
 
 
 
*この講演のダイジェスト版をYouTubeにアップしました。
 よろしければご覧くださいませ。(ステキな音楽がながれます)
 
 
*学生さんからのご感想文をblogに記載してございます。
 こちらも、よろしければ…(記載ご承諾澄みです)
 
 
 
 
daigaku
 
 
 
 
 
 
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師走2021

どれほどこの12月を待ったか、
大きな変化をもたらすこのコロナ禍において、思いも寄らぬ変容を強いられた事も沢山あったが、それに右往左往することなく常に自然の波に乗り、昔見ていた夢を思い出していたら、今日その幕が開けた気がした。
 
人間さまが逆らえぬ自然の流れは時として脅威であり、
それにあらがう者はのちに我が身を知ることになる。
ぼくは美しの森に行ったとき、それを再確認した。
露は木々を潤し、陽は養をつくりだす。
きしきしと軋み鳴る草や枯れ木を踏みつけながら、道でないような道をひたすら進むこと、慌てると転んでしまいそうな…
それでもそこには小さな花が咲き、大小、鳥のさえずりがsurroundで聴こえる。
 
明らかに時代は変わった。
お問合せ 〜ご相談〜プレゼン〜ご契約
お客さまは今まで以上に我々を知ってくれている。
芸術は爆発だ!と巨匠の言葉をお借りすれば我々は、
幸せの出逢いが爆発だ!
ご相談者さんからのお声がけは増大し、信頼し合える仲間達も増え、日々笑いが溢れかえっている。
 
 
素直でいて良かった
うん、素直にいることが楽。
 
師走
ずっとひた走り続けているぼくはまだまだ師匠ではないから、
この師走、
皆でチカラを合わせて走り出す”皆走”ということにした。
なんて読んだら良いのかわからないから、皆でスキップしながら行こうと思う。
 
 
 
 
 
 
 
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前へ進むこと
過去に感謝をして、今を生きていることに幸せを重ね合わせている。
いつでも陽に照らされているわけじゃないけど、何故だろう、ぼくはそう見えるみたい。
もちろん時には陰を歩き、向かい風を受け、時折降る雨に身も心も濡らされて、、、
 
 
しかしそれでも陽と共に生きたい。
愛を語り幸せを捧げ、それはでも、できるだけでいいから、それはぼくの役目な気がするから。
 
 
小さな輝きでいい、
その人の家族や仲間だけわかればいい。
あなたが居なければ、
あなたが居てくれること、
あなたと共に過ごせる毎日はかけがえのない日々、
それは神様がくれた時間。
時に、私にはあなたの輝きが見える
そしてその輝きに照らされて生きる私は…
 
 
共に歩むこと
あなたが居てくれること
気の利いた言葉はかけられないけど、代わりに正直は言える。
かけがえのない日々
美しい時間
笑顔は平和を生み大きな愛をつくり出す。
 
ぼくはそこに生きている
ぼくはそれしかできないから
そこにしか生きられないから。
 
 
大切な人と過ごすかけがえのない時間
これ以上の幸せはなかろうが。
 
 
 
 
 
 
 mae
 
 
 
 
 
 
 
 
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夕暮れに思ったこと

薄い水色の空
茜色と銀鼠の雲
西からの風
 
今、三日月があがった
 
秋、
虫の声がぼくのヘッドフォンから流れるピアノ曲を超して聴こえてくる。
バルコニーから眺める水色の空は一瞬にして色を消し、ぼくの顔を照らすモニターの灯りだけになった。
 
 
子ども達が元気でいること、
妻の実家の両親に彼女への感謝を伝えること、
我が母からはまだまだ叱られる身でいてあげられること、
そしてそれを父の仏壇に感謝と共に報告できること、
 
我がスタッフは日々次々と来るありがたいご依頼やご相談を華麗なまでに愛と感謝で応え、そのうえ笑顔で仲間を思いやっている。幸せだな。
 
 
 
人生で大切なこと、
ぼくはそれが人とのつながりであると信じている。
 
家族、仲間、お客さま、
これは順番ではない
 
 
母は小姑との様々な出来事が有りつつも私を産み育ててくれた。
不器用な父は寺院に従事しつつ懸命に働いてくれた。
 
ぼくは出逢った人のために働きたい
格好つけではない
それが、ぼく自身のために働くという意味になっている気がする
楽しみながら、毎日みんなと楽しみながら、ぼく自身のために働く。
 
 
家という、その人の人生にとって、とても大きなものを仕事にしている。
どうしてこんなにも素晴らしいお客さまが次々と来てくれるんだろう
ありがたいし、感謝しかない
だからぼくはその人の身になって考える
依頼してくる人の身になって考えて、大きく深呼吸するように感じるんだ
するとそこに答えは現れてくる。
依頼者の夢や希望がわかる気がする。
そしてその時、そこにぼくの本当の姿がある気がする。
 
 
 
人生で大切なこと、
それは人を信じ、信じた人とずっと繋がって生きること
感謝をして、愛する、
ぼくはずっとそれを唄って生きている
 
 
 
 
 
 
yugure
 
 
 
 
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通り雨・輝きの道

最後の通り雨はレストランの窓を濡らすほど
向かいのカフェテラスの窓越しの人も空を見あげた
しかし雨音が聞こえるほどその窓を打ちつけたら
気が済んだのか、雨雲は速度をあげ流れはじめた
 
空が明けるとき何かが何かを教えてくれる
それは自然の現象だから
 
その何かが明くとき、遠くにそれを告げる音が聞こえることがある
それは何なのかはわからない
 
 
潤った街路樹は喜び、びしょ濡れの路面は色を増す
 
晴れてきた空の下とはいえ、通り過ぎる車の水しぶきの音は、何もかも流してくれるシャワーのよう
すべては去り、残った雨粒はキラリと辺りを輝かせた
 
 
あの日、雨雲に覆われた空の中、目を擦って未来を見ようとした
けどそれには限界があったから
傘をささずずぶ濡れになって、目を瞑ってみた
 
 
物事が変わるとき何かが何かを教えてくれる
それはぼくらのチカラだから
自然から教わった数々の学びはぼくらのチカラになる。
その何かは、、、
 
 
 
前が見えぬほど激しい雨が降ったあと
キラキラと輝いた道を皆と手を繋いで進む。
轍に貯まった雨を覗き込んだら、太陽と一緒に笑っているぼくが水面(みなも)に映った。
 
 
 
 
 
toriame
 
 
 
 
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夕焼け

あの日を憶えている。
悲しかったあの日、ぼくの体は震え動くことができなかった。
 
生命あるものは、
神がくれた偶然という機会を経て出逢うことができた者の笑顔をつくり出すために生きる
命与えられた者は、喜びと幸せを与えるためだけに生きる
 
命の尊さを知り
我が人生を捧げる
 
しかしそれはほんの少しかもしれない
与えられるものなど、ぼくの人生のほんのかけらかもしれない
 
でもぼくはそう生きる
出逢いに感謝しているから
 
 
素晴らしき思い出
ありがとう
 
 
 
sunset
 
 
 
 
 
 
 
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とスタッフからメッセージが送られてきた。
毎年、梅雨明けを待ち望んでいるぼくの喜ぶ顔が見たいのか、
はたまた、暑い夏にはウナギ食べたーい、っていう宣言なのか笑
まあどちらにしても、ぼくにとっての夏はメインステージみたいなもので、子供たちや奥さんにも「良かったね!笑」 
って言われちゃってる。
自宅のバルコニーで汗だくになって、筋トレして、暑いくせにホットコーヒー飲んじゃったりしてもっと汗かいて、
更にサウナに入って、美味しい水飲んで、家族に笑われて、幸せを感じるよ
まったく。笑
 
 
昔のブログを見ると、ぼくは夏が大好きで大好きで、とたくさん綴ってあって、もちろん今も変わらぬ夏好きだが、あの時の夏をもう一度味わいたいと思うことはなく、楽しかった夏をもう一度!なんてノスタルジックは全然いらなくて、そのかわり、このコロナ禍でしか味わうことができない今までにない夏を探して、というか、つくってみたいと思ってる。
 
アイデアはいくつかある、
作戦はこうだ。。。
 
と思ったけどやっぱり書かない。ゴメン笑
恥ずかしいから。
 
 
 
何しろこの夏、ぼくにとって新しいことがいくつも始まっている。
思い描いたステージが訪れようとしている。
スタッフ皆が笑って仕事をすること、
そしてぼくは皆に笑われながら生きること、
楽しんでもらえるなら本望だぜ!と神様に感謝しながら今年だけの夏を迎えている。
 
 
 
 
 
geshi
・鳥居の前でハンバーガー 明治神宮のカフェ
 
 
 
 
 
 
 
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GOGO 55歳

55歳になりまして、いい加減ちゃんとした言葉遣いでblogを書けるようになったほうがいいのでは、と考えてみたけどぼくには無理そうだからやめておいた。
そのかわりにと言っちゃぁなんだけど、プレミアム世代になる準備を開始した。笑
”プレミアム世代”と言ってもじつはどんな世代なのかは良く解らないのだが、ぼくはなんとなく〜70歳〜くらいからなのかな?とInterFMのとある番組を聴いてそう感じる。
 
先輩方のお話は何をとっても豊かで興味深く、そしてメッチャ面白い。
あぁ、あんな歳の取り方がしたい、と心からそう思うこともしばしばある。
しかしその世代になるだけでプレミアムになれるのではなく、その歳になって、やりたかったことが出来たり、ある程度思い通りに生きられたり、ようは、自ら求めていた幸せを感じるような、それまでの経験を存分に発揮できるような、人生の集大成のように毎日がハッピーに生きられていることがその言葉なのかなと感じる。
 
いつもそのラジオを聴きながら自分と照らし合わせながら我が身を振り返ってみたりしている。
そう振り返ればぼくは、音楽と旅で生きてきた。
残念ながら本職の建築は後から芽生えた志だった。
ウチのチーフやサブチーフのように、小さい頃から家が大好きで、将来は家づくりの仕事に、、、なんて考えることができなかった。
幼い頃は学校から帰るとすぐにレコードに針を落とし、ネットを外したスピーカーに目を瞑って顔をできる限り近づけて、このまま音楽の中に入りたいと願い聴き入った。
あえて建築に近づけて言えば、上野の国立科学博物館や美術館が好きで一時期は毎週のように足繁く通い、静寂の中、人の足音の残響に身を委ねながら時を過ごすのが好きだった。
そんな近くでも旅先でも、ステキな場所にいったり写真でその空間を見ると、目を開けながら瞑想をしているように身体中の何かがすーっと澄んでいくのがわかった。
だからこそ無意識の領域では、その建築を感じ、認めていたのかなとも思った、こじつけかもしれないけど。
 
話を戻して、
ラジオからのそんな先輩方の話しを聞いていると、ぼく自身がその歳になるまでの道のりを考えることが好きになった、ようはこれからの時間の過ごし方だ。
そこでぼくはこれからの歳、なにを主軸にするかを考えてみた。
いや、実はもうかれこれずっとまえから考えていた。
主軸っていうと一本になっちゃう感じがしたから、何本でもいいや、と自分を甘やかしてみたが、しかしそれは一つだけだった。
それは本当に主軸といえる事のように感じた。
 
 
「若者の時代へ」
そんなアプローチ。
それが主じゃないか?と感じている。
自分の子ども達への想いもそうだが、まずはウチのスタッフだ。
まだ若輩の身でそのような戯言を!と叱られるのを覚悟で言えば、
 
「ステージに上がらせて、スポットライトを浴びさせたい。
 お客さんが喜んでくださったとき、仕事が成功したとき、
 アドレナリンが出る感覚を身をもって経験し、
 それを糧にさらに喜びや幸せを感じてもらいたい。」
 
これは既にウチの会社で着手しているし、2〜30代の若者はそれに応えてくれている。
こうしていつかぼくが、その”プレミアム世代”になれたなら、あの時のぼくに、
「55歳の若造が何をほざく、、、
 だけどオレ、あの時がんばったからこの嬉しい結果なのか、、、」
と感じたい。
 
 
プレミアム世代への準備、
もう遅いのかもしれないけど55歳、GOGO!で参ります。
 
 
 
 
 
 
 
 
gogo
・たくさんの55に囲まれて。
 オハナスタッフがお祝いしてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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大河ドラマはあの龍馬伝以来ずっとご無沙汰だったけど、渋沢栄一ならば観ない理由は見つかりませんよ。
日曜日、家族で早めの夕食をし終えて、さっさとお気に入りのソファに腰かけちゃう。
以前読んだ論語と算盤とどうつながるのか、それに今平行してNHKラジオ第一のカルチャーラジオでも特集をやってくれていて、それはそれで興味深く浸ることができて嬉しいし、大河は大河でとっても観応えがあって楽しい。
時代の移り変わりが早い今、それがコロナによって更に加速し、そこに応じたくてハートの筋トレをしながら賢者からの学びを得たいと思っている。
まあビジネスマンの端くれとして、そんな話もしたいけど、今日はビジネスの話題ではなく、音楽の話。
 
 
”晴天を衝け”が始まると知ったとき、「ん?作曲家は?」とすぐに思った。
龍馬伝からかれこれ何年経ったのかも覚えていないが、あの龍馬伝の挿入曲はすべて良かった。
と言っても言い過ぎじゃないほど、本当に素晴らしかったから、もしかしたら… と調べてみたら、やっぱり!
思わず、うわ!って声が出た。
作曲家の佐藤直紀さんは天才だと思っているから。ぼくはね。
だからこのドラマが始まるのを心待ちにしていた。テレビをあまり観ないぼくとしてはめずらしく録画もしてね。
あ〜、この手の作曲家の話もblogに書きたくなってきたぞ〜笑
ドラマというか、物語というか、映画や舞台とかも、、、
海外ならばJames Nuton Haword や、もちろんFrank Royd Waver などは最高。
いやいや、話を戻して、、、、
 
 
初回、
初めて聴く壮大な交響曲は、ぼくのような素人甘ちゃんには理解不能…
正直、テンポもつかめず、流れもわからなかった。
それでも何度か聴き続けているうちに、いろいろ聞こえてきましたよ、スゴさとともに、テンポ感もつかめたし。。。
劇中の曲も素晴らしく、ドラマの面白さと、曲の素晴らしさと、頭の中を二つに分けて観なくちゃならなくて、
大きく物語が変わるシーンでは何回も涙が出ちゃったけど、そんなシーンを盛り上げる感動の曲はその素性の素晴らしさを感じてしまう。頭の中が忙しい。汗
 
 
このまま書き続けると文章があっち行ったり、こっち行ったりしちゃうから、そろそろ本題に移りますけど、
毎回一連のドラマが終わった後に、その日の劇中に出てきた由緒ある場所が今はどうなっているのかを説明してくれるシーンがある。
そこで流れるBGMの説明に、
「オンド・マルトノ演奏  大矢素子」と出る。
アレンジされれたテーマ曲のメインメロディを奏でる楽器がオンド・マルトノ。
ぼくは楽器が好きで、それも電子系の楽器なら聞いたことあるものも多いのだが、これは知らなかった。
じゃあマニアじゃないじゃん!ねぇ。
回想シーンにベストマッチする音色は素晴らしい旋律をさらに優雅に聴かせてくれるな〜と感じながら聴いていたその瞬間、あれ?なんか聴いたことある感じ!といきなり思い出したことがある。
「あ、アルモニカっぽい、、、」
電子とアナログを合わせ持つこの楽器の音色は、それはそれはとても美しく、ぼくは最初に聴いたとき、モーツァルトの時代のアルモニカ(グラスハーモニカ・グラスハープ)のようだと思った。
音の衰退がほど近く感じたんだ。
そしてもう一つ、その瞬間、とても怖いことを思い出した。
 
このアルモニカという楽器はその当時、悪魔の楽器と言われていた。
由来は、その楽器の演奏者が次々と原因不明の病気になったことだそうだ。
もちろん真相は知らないが、言い方は悪いがぼくは「狂人になってしまうと言われていた楽器」と教わった。
奏法はこうだ。
普通のグラスに水を入れてその縁を、少し濡らした指でそっと擦る。
イメージできると思うけど、ホワンっと優しい音が奏でられるでしょ?
そんな要領で音を鳴らすのがアルモニカで、大きさが少しずつ違うグラスを重ね、それを横にして水に浸すようになっていて、それをくるくると回しながら、そのグラスに触れることで音が鳴る。(これ、ぼくは本物を直接見たことがないから合ってないかもしれません、すみません。ご興味がある方はお調べくださいませ。)
ビビリのぼくはその話を聞いた当時「全曲モーツァルト制覇!」と聴きまくりを実行していたにも関わらず、その曲を怖くて聴くことができなくて、笑 
でもいつの日か、確かyoutubeができてから、それを目で見ながらしっかりと聴くことができた。
 
そんな悪名高き楽器に似ているかも!なんて、無知にも程がある!と、とんでもなく失礼なことで(すみません 汗)、、、
しかしそのオンド・マルトノはとっても良い音で、ドラマの後味を本当に良いものにしてくれている。
後で色々と調べてみたら、シンセのような音づくりができる感じで、ぼくはちょっとmoogのフィルターっぽく感じたり、テルミンぽく感じたり、アナログサンプリングが合わさったように聴こえたり、それはそれは素晴らしい楽器だと思った。
 
 
ドラマの面白さもさておき、多彩な挿入曲は、それを彩るだけでなく、色々なことを感じさせてくれている。
ビジネスと音楽、この両側からこの物語を当分楽しもうと思う。
 
 
 
 
オンド・マルトノについての解説がありましたのでリンクします。
(YouTube 音が流れます)
クラシック・」ニュース 大矢素子(オンド・マルトノ)どのような楽器であるか?
 
 
 
 
 
om
・本文との関連はありませんが、表参道事務所からほど近い宮下PARKの筋肉食堂でハートの筋トレ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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