コロナになりめっきり減ってしまった建築士会の役員会が久しぶりに先日開かれた。
内容は令和四年度通常総会、三年度事業報告と収支決算報告、そして会計監査。
会計部長のぼくは、毎年この監査会のために諸活動を行っているが、ここ数年、会員の減少を大きく感じている。
原因は新入会員が少ないのもそうだが、諸先輩方の卒業や身体的なご都合等でやむを得なく退会なさることが多い。
新会員を募ったりするのもぼくら役員の役目なのはわかっているのだが、ここ数年の役員選出でもその難しさが現れているのも事実な気がする。
そして、55歳にもなってしまったぼくがいつまで経っても若い衆なのも今後の部会を考えるとどうなのだろうかと思う。いろいろと頑張らねば。
 
この日、新年度へ向けての役員改正(案)が行われた。
現部会長はその大役を掌るにふさわしい方で、ぼくは部会の中だけでなく、お仕事でも大変お世話になることが多かったのもあってとても頼りにしていた。
このコロナ禍の大事にも関わらず一貫してその任務を継続し、その上活躍は多岐にわたり、士会のみならず様々な場所でもご活動なされ、何の滞りなく進められたのは現部会長だからこそだろう。
いつも感謝してます!
ありがとうございます、お疲れさまでした。
 
そして、今年度の新しい部会長は旧部会長直々の任命であり、その選択はそこに居た幹部全員がまずは満場一致で賛成された。
この改正で本当に信頼できる方達が大役に就かれた。
心から嬉しい。
そして、ぼくもずっと建築士会で僅かながら色々な任務をさせて頂いていているが、今回の改正でも変わらず会計部長を継続することになった。
 
 
不安定な世はまだ続いているが、建築士会も新しい時代に相応しく役員改正がおこなわれ、今までより一層、建築業界の活性や安定と共に、建築士がより良い日本をつくれるようぼくも微力ながら従事して行きます。
 
 
 
 
 
 
kenchikushikai
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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入社式 2022

ご挨拶
愛する’ohana の皆さま いつもありがとうございます。
このblogをご覧頂いている未だ見ぬあなたさま ありがとうございます。
 
私たちエムズデザインは本日、令和四年度入社式を執り行いました。
新卒生の採用を始めて本年で四年、
また新たな若い力が加わることになりました。
これも偏に今まで支えてくださったお客さまあってこその結果、
私、そして社員一同心より感謝申し上げます。
ありがとうございます。
更に常に人を思いやり、広く深い知識と安全で巧みな技術を更に磨きをかけ精進して参ります。
新編成になった今日からのエムズデザインをどうぞ宜しくお願い申し上げます。
 
 
林 正晃
 
 
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新しいMacBookPro 、27inchモニター、ヘルメットにジャンパー、そして名刺、、、
新入社員への真新しい箱が彼らの机の上に揃っていく度に、既にこの入社式を経験した若手先輩達は、自身が入社した頃の思い出と、今新たに、今度は新入社員を迎えるためにしなければならない自分の行動とを行ったり来たりして日々落ち着かぬ様子だった。
昨年度新卒入社の一番若手のスタッフは年明け一月になった途端、急に後輩の入社を意識しだしたのか、いま自分が任されている仕事だけでなく、周りの仲間の状況や、未来を見据えた行動が目立つようになった。
またその一年上と二年上の先輩二人も、今年は何かソワソワなのか、事あるごとに「新入社員が来たらさぁ、、、」と、この言葉と共に自分達も心づもりをしているようだった。
 
しかしその思いは長年居るスタッフ達も一緒で、ある者は「私からの想い…」と言って春色の美しい花束をカウンターに飾り、またある者はオリエンテーションを「少しでも緊張せずに…」との思いから美味しい料理で迎える準備をした。
 
そんな今回の入社式は、新しい時代への大きな節目として若手達自身がとても大切にしてくれた。
先に述べたように一、二、三年上の新米先輩達はそれぞれワクワクとソワソワという見えない感情の中、その言葉通り、見ることのできない形の無い何かを創り上げようとしているのがわかった。
そう、それは新時代のエムズデザイン。
それを感じ取ってくれるお客さまのために、更に魅力ある企業になるために、我々大人達が三十数年守ってきた大切なmsism(エムズイズム)に新しい時代の力をプラスし常にアップデートしていくという。
 
今日、その若手達はぼくらとは少しだけ異なる輝き方を見せた。
そしてぼくら長年のスタッフは落ち着いた様子でその若手三人を見つめ、
その若手三人は、新しく入った二人の輝いた眼差しを見つめていた。
 
 
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新入社員の二人へ
 
今日、君が今まで学んできたことを実践する時が訪れた。
 
君は小さな会社を選んだ。
吹けば飛ぶような小さな会社という言葉を逆手に取れば、この小ささ故に、お客さまやスタッフ同士がこれほどまでに細やかな気遣いができ、繊細で人懐っこく、思いも寄らない柔軟な対応ができる会社はどこにも無いと、堂々と胸を張ろう。
しかし私はそれを誇るに当たり必ず必要なことがあると思っている。
それは ”知識と技術 & 人間力” 
設計・デザインは、一見華やかに見えるその姿とは真逆に、学びを止めることなく多岐にわたる知識を習得し、尚且つ泥臭い地道な作業と努力を続けなければならない仕事だと思っている。
その上で、人間一人一人のチカラはとても小さい、というのも知っている。
それら様々な事を理解し、意識し続けることで、私が常に言う”必要とされる人になる”ことができるのではないかと感じている。
 
この先君が進む道には沢山の魑魅魍魎が現れ容赦なく襲いかかってくることだろう。
時には迷い、時には不安になり、自分は一人なんじゃないかな…って、寂しくなることだってあるかもしれない。
しかし心配は無用だ。
君が選んだその道を、君が進むべきその道を、もうとっくに歩み進んだ先輩達がここにいる。
それを経験した先輩達がたくさんいるんだ。
今まで君が守ってきたものが、自分、親、家族、友達、だとすれば、今日から君が守るべきものは、それにプラスして、ここに居る仲間、そして我々を選んでくださった大切なお客さまとなる。
それら全てを守ろうとしている君を、それをこれから守っていく君の姿を、私や先輩は全身全霊を込めて守る。
 
大いに羽ばたいてほしい
新しい時代へのスタートラインを今日超えたのだから
 
 
 
今日から君たちと過ごせる時間を楽しみにしていました。
おめでとうございます。
ようこそエムズデザインへ
 
 
 
 
 
 
 
 
n2022
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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弥生の月のcertificate

娘がすべての学業を終えて世に羽ばたいていく。
一生学びの道が途絶えることはあり得ぬことと、今もう既にこの歳でも理解しているだろうけど、それでもこの弥生の月、今日まで歩んだ十数年の学業生活卒業という節目を持って自らを褒めてあげてほしい。
 
物心つかぬであろう幼き日から彼女は、頼りなき父を知ってか知らぬか、備え持った繊細で敏感な感覚から、自分はしっかりしなくちゃ!という、いわゆるお姉さんらしさを身に付けていた。
ありがちな子供故の我が儘を言ったり変に甘えることをせず、親を困らせる事などもほとんど無く、この子本当にぼくの子か?と笑い疑った日もあった。
首が座るか座らぬかの生まれて間もない弟をお人形さんのように抱っこしては「カワイイカワイイ」と揺すり、私はママよ、と言わんばかりにお母さんに成りきってみたり、自分が喜んだり笑ったりすることで周りの人たちはみんな笑顔になる、ということを察知してか、ぼくら夫婦の喧嘩が始まるとすぐ横に来てちょこんと首を傾げ、無理やりつくったニコニコを見せつけて「美味しい顔〜(*^_^*)」と笑顔を誘った。
 
そんな春咲く花のような笑顔の幼少期を超えた小学生のある日、少しだけ大きな病を患った。
仕事から帰ったぼくは妻からその言葉を聞き愕然とした。
テレビで見るような専門病院はとても冷ややかで、静まりかえった廊下から時折聞こえる小児病棟の子の声が娘の声とダブってぼくの頭の中は真っ白になり、その時初めて心の底からぼくの命と引き換えてほしいと願った。
妻の親は、どうして我が孫がと崩れ、遠い地に住む自分達を悔やみ、それでも居ても立っても居られずに人伝いに回復への道を探り、とうとう神々にまで祈りを捧げてくれた。
 
時は経ち、無事中学に入学した彼女は、志望校などというさぞかし自分が行きたくて決めたような目標に向かって進んではくれていたが、実際は、自分は本当にそこが良いのか、などと判断できぬ歳かも知れないのに、しかしこれも親の願い、と親を思う幼心が彼女のすべてを突き動かしてくれていたのではないだろうか。
それでも心身共にお姉さんになっていく娘は、ある冬の始まりにぼくの小さな夢を叶えてくれた。
”悲愴 第二楽章”
ピアノ発表会でこの曲を演奏してくれた彼女は、ぼくのベートーベン好きを知るからこの曲を選んでくれたのだろうか、はたまた自らもこの曲の何かを感じたからなのだろうか。
奏でる旋律はホールを隅々まで満たすように流れ、ぼくは今まで感じたことのない豊かな色の空気に包まれていった。
そしてその時も今日のように彼女のそれまでの様々な出来事がぼくの頭の中を回想して行った。
短くも美しい時間だった。
 
我が儘を言わない娘だからこそ、叶えてあげたい願いがあった。
それは、犬を飼うこと。
幼き日からインコを飼っていて、それはぼくら家族がアパート住まいで動物が飼えなかったから。
それでもおしゃべりインコや金魚すくいの金魚、ついでにドジョウまで飼っていて、でもやっぱり犬は諦めきれなくて、、、
 
結局その願いを叶えることができたのは、ぼくが自分の家を建てたときだった。
娘はどんな犬が良いのかとペットショップを何度も巡り、図書館で犬図鑑を借り、あげくに犬占い、などという面白い選択肢まで出してきて、それをぼくに何度も見せて説得を続けた。
そうしてとある日、その出逢いを求め家族皆でドライブに出た。
 
愛犬は文字通り、林家の”愛の犬”になり、家族皆に愛を配り、皆はその愛を返した。
人がペットを愛でること、いや本当は、ペットに人が癒やしてもらうことがそのペットの役割なのではないだろうか。
娘の成長に彼(犬)は欠かせなくなり、その後も様々な場面でセラピーしてもらっていた。
大学受験の時もそう。
心から入りたいと願う大学を見つけたが力及ばず、その時も彼はぼくら親の代わりになって彼女を救い助けてくれた。
その後彼女はその願いに勝るとも劣らない歴史ある大学でキャンパスライフを送ることになったのだが、今度はこのコロナ渦になりすべては一変、我慢を強いられることとなった。
しかしそんな中でも彼女はその大学で自分の居場所を見つけ、 輝きをどんどん増していった。
世の中がテレワーク化されるとそこに馴染むように、そしてそれを思い切り楽しむようになっていった。
そんな愛犬を癒やし、そして癒やされ、その歴史ある校舎で何かが見えたのか、大学卒業を意識し始めた頃、娘は就職活動ではなく自らで見つけたその上の学業への道を一人歩み始めた。
そのチャレンジを親は、いや、少なくてもぼくは何も知らず、しかし今度こそ自分で行きたいところ、やりたいことをGETする!と奮闘し、見事にそれを得ることができた。
初めてやりたいことを見つけ、自らの道を切り開き、その上で学びを続けていく娘の姿は今までより増して大変そうでもあったが、とても幸せそうなのが毎日の顔色でわかった。
親が敷いたレールではなく、親の願いでもない、彼女自身が一人で見つけた学びの道、
そこを歩む姿は勇ましく輝いて見えた。
 
 
 
そんな成長をさせてくれた学び舎を今日卒業した。
そしてこれまた良きご縁を頂くことができ我が娘は世に出ていく。
 
親は誰もが子を思い、その思いを子に託す、
しかし子の人生は、親のエゴなど到底いらないし、通用もしない世界、
ぼくはまだ子離れなどできはしないけど、もう既に一人の大人としての彼女を見ると少しだけ清々しくなる。
 
だからぼくも一歩進もう。
ぼくが娘に願うこと、
それはいつも健康で幸せでいるということ。
幼き日、病を患ったあの数年のように、常に美しい花が咲き続けること難しいことかもしれないけれど、毎日少しでも楽しさがある生活をしてほしい。
そして天真爛漫、ニコニコ笑顔のそのままで生きてほしい。
 
 
 
あなたが生まれてくれたことに心から感謝します。
 
ピアノの上に飾られていたcertificate
ぼくは涙で滲んで見えなかった。
 
 
 
 
 
 
cer
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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セピア色のムービー

「〇〇ちゃんはどう?その日は空いてる?」
長女であるお姉さまは末っ子の弟さまに何気なく聞いた。
七十歳を超えたお姉さまと弟さま、
初めてウチにお越し頂いた初回無料相談での会話、
今日はご都合が合わなかった妹さまのご予定も交え、
次回、現地調査の日程を決めているときの一コマ。
 
ぼくはその瞬間、見たことあるわけないのに、そのご兄弟の幼き頃の姿が見えた気がした。
少しノイズってて、セピアがかった8ミリムービーのような、、、
カチカチカチカチ…って音とともに、輝く太陽の下、二人の姉妹の前で男の子がはしゃいでいて、
今聞いたばかりの呼び方と何一つ変わらず、
それはそれは無邪気な男の子と品のあるお姉ちゃんたちの姿が見えた気がした。
 
皆で仲良く暮らすこと
家族はいつも一緒
これからの未来をつくっていくこと
皆で住める幸せ
 
 
「家を新しくして、でも、あと何年生きられるか…」お姉さまがこぼした。
ぼくはこの言葉をたくさんの人生の先輩のお客さまから聞いてきた。
そんな時ぼくは、このお言葉に必ず反撃の言葉(笑)を言わせてもらう。
ここには書かないけど、ちょっと野太い声で、きっと言葉のエネルギーを感じてくれるんだと思う、だって本当に皆さま幸せに過ごしてくださっているから。
 
 
 
昔からぼくは年上の方から依頼される仕事が多かった。
今でこそ二十代、三十代〜と若い方が増えたが、それは今でも変わらず、一回りも、二回りも、三回りも上の方との仕事はずっと続いている。
そんな時間、そこにはどこからも学べない大きな何かがある。
今までたくさんのご経験をされて来て、ここにまた素晴らしい未来をつくろうとしてくださる。
相談者の方がウチのオハナラウンジに来られてお目にかかる時、
それはぼくにとって計りしれないほどの価値のある時間になる。
その大きな価値を毎回理解し、この出逢いからステキな未来をお返ししていくのだ。
 
断熱、耐震、ご高齢者対応、使い勝手、
そこに、優しさの寸法と、毎日が楽しくなるような美しさ、
そして、気品と豊かさをふんだんに入れてつくり込む設計デザイン。
 
 
家はその人のためだけにつくられたものが良いと思う。
本当に考えられた家は、住む人の性格さえ変えていくと実感しているから。
もっと豊かに住んでもらいたい
もっと笑顔で住んでもらいたい
ぼくが家づくりに込めた願い
我々エムズデザインが本当に心から思うこと
我々エムズデザインの大切なお客さま
 
後日、暖かな日差しの中、現地を調査させてもらい、
ご家族の今日までの歴史と、その場のエネルギーを預かった。
ぼくは再び、あの時のセピアムービーが見えた気がした。
 
 
 
 
 
 
 
sepia
 
 
 
 
 
 
 
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誰もが皆、仕事ができる人と一緒に仕事がしたい、
ぼくも若い頃、例にもれずずっとそう思ってきた。
しかし一方で、
仕事ができるってどういうことだろう?
仕事の成績ってどう捉えるのだろう?
そういろいろ考えた時代もあったけど、ふと気付いてからは、単純にそういうことじゃないんだ、ということにも気付けた。
それからは、仕事のみならず、人としての様々な考え方を学ぶことが多くなった。
 
徐々にスタッフが増え、少しずつだけどぼくが親鳥への階段を上り始めた時、仕事としての知識や技術の向上だけでなく、上司として足りぬ人間にならぬよう、考え方や哲学を学ぶことが必要だと何故か自然に思うことができた。
片っ端からその手の本を読みあさり、その上で親鳥の役目は?と考えたとき、子ども達に何を与えなければならないかだけでなく、共に成長していくこと、その術を学ぶこと、そして親鳥のエゴで事を伝えることを避けるため、常に『これは自分のエゴではないか?』と注意すること、
そしてその子と共に人生(鳥生?)が楽しく幸せに過ごせるよう、まだまだ少なく甘い経験かもしれないが伝えていきたいと思っている。
 
 
 
 
今日、一羽の小鳥が卵から孵化した。
新卒入社第一期生 mu 建築士試験合格
 
 
彼を温めてきた親鳥たちは耳を澄ましてその殻の割れる音をそっと待っていた。
本当に優秀な仲間と共に仕事ができている今、顧客はもちろん、仲間を思い、関係業者を敬い、宅配屋さんやご近所まで気を遣うことができること、
これは人として、そしてこれこそが”建築士”という称号にふさわしい優秀な人材なのではないだろうか。
 
彼の素直さ、優しさ、純粋さに、仕事を憶えたくて無我夢中で働いていた若き日の自分を重ね合わせたとき、彼が持つオリジナルの輝きをどう出してあげるかを考えていかなければならないと思った。
 
目を瞑りふと彼の未来を覗いてみると、新卒入社の後輩たちを笑顔でバリバリと指導している姿が目に浮かぶ。
いや、もう既にそう活躍しているからこそ、この素晴らしき称号が授けられたのだろう。
 
 
 
おめでとう
卵が孵化するとき、人の一生が決まる。
ぼくは君のその瞬間に立ち会えた幸せに感謝する。
 
 
 
 
 
*私の好きな「建築士法」
 建築士は”品位”を保持しなければならないのです。
 
第二条の二 
建築士は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、建築物の質の向上に寄与するように、公正かつ誠実にその業務を行わなければならない。
 
 
tamago
・ある夏の日のパリ  頭の上に鳥さん
 
 
 
 
 
 
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健康のためなら…

健康のために留意すること

食事・睡眠・運動
 
ずいぶんと長くトレーニングを続けているのだが、ついついやり過ぎてしまい、己の身体の限界を超え怪我をしてしまう。
原因はわかっていて、”年甲斐もなく”ということ。
いつまでも若い頃と同じメニューでやっちゃったり、要するにトレーニング下手なのだ。
 
まったく自分の馬鹿さ加減に心底腹が立つ。
昨年半年以上全くトレーニングができず、治療と療養を繰り返す日々が続き、その間、トレーニングルームはいつしか家族の洗濯物干し場になり、観葉植物は茂りまくり、ベンチには古新聞が置かれていった。
その部屋を横目で見ると情けなくなるのだが、それより何より一番悲しいのは、ぼく自身が痩せてしまったこと。
本当に痩せてしまった。
トレーニングをしている人ならわかると思うが、運動をしなくなると一気に筋力は衰えはじめ、やがて消えるように痩せていく。
医者からは、神経を損傷すると筋肉が落ちていく 高齢になって足腰の神経を痛めると痩せてしまい歩けなくなるのはそのせい。と教えられた。怖い
知り合いからは「あれ?痩せた?」なんて言われちゃうし、スタッフからは「お腹が…」とか、
それは悲しいほどに、本当にお腹が出ちゃったし、お気に入りのジャケット着ててもなんかカッコ悪いし、、、あぁぁぁぁってなった。
 
しかし昨年暮れあたりから療養の甲斐あって洗濯物部屋と化したルームを少しずつ片付けて、ゆっくりだが復活していきたいと活動を試み始めてみた。
最初、軽々だったはずのウエイトは思うように上がらないし、懸垂は一番ショックで、ぼくは干物か?と、ぶら下がり健康器状態。
でも、無理せず少しずつ(アタリマエ)
今度は怪我をしないように(アタリマエ)
まず自分の歳を考えて(これ一番大事)
 
 
これから五十代後半、
ちょっとだけヨガのマネゴトをしながら、しなやかさを得たい。
ずっと続けている瞑想と呼吸法は本来の自分を教えてくれる気がする。
パワー系トレーニングはほどほどに、でもそれをトレーナーの友人に報告してちょっとだけ褒めてもらいたい。
 
仕事も趣味も何もかも、何事も突き詰めてしまう性格故、良いこともいっぱいあるけど、こんな怪我は二度と無いように、自分はもう若くないオッサンなんだよ、ということを完全に肝に銘じて生きる。
健康のためなら…
それが家族にも仲間にもいつも笑顔でいられるための大切な心のトレーニング。
 
 
※健康のために留意すること
食事・睡眠・無理のない運動
 +
いつも笑顔 (*^_^*)
 
 
 
 
 
kenko
 
 
 
 
 
 
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謹賀新年

昨年も大変お世話になりましてありがというございました。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 
 
__________
 
温かなゆりかごの中で
 
年始、母を誘って横浜に中華を食べに行った。
行く途中の車中での会話は昔の横浜、あれやこれや…
母は久しぶりの横浜に思いっきりワクワクしてくれた。
そんな道中を経てレストランに着き、お食事が始まるやいなや今度は、
「美味しいね〜美味しいね〜」の連打、
妻はただ、うんうん、と相づちを打ち、娘は好物に舌鼓を打ち、息子は珍しさに膝を打った。
ぼくは皆のその顔を見、嬉しくて幸せで、心打たれた。
 
食事の後、せっかく母と横浜に来たんだからコスモクロックに乗ろう!とぼくが言った。
今の時代、もしかしたら車いすでも観覧車に乗れるんじゃないかな?と調べたら、やっぱりOK!
八十〇歳の母は、迷惑がかかるんじゃないかとめっちゃ躊躇するが、電話してみたらまったくもって大丈夫、ぜひ来てください!と言ってくださった。
 
チケットを購入したら長蛇の列をなしている乗り場の横を抜け優先搭乗させてくれるというが、何とも申し訳ない。
ぼくは車いすを押しながら小声で何度も、すみません、すみません、すみません、、、、と言い続けた。
 
乗り込んだゴンドラは思ったより快適で車いすほか四人が乗っても余裕で、かつ観覧車のネオンの灯りがとても近く美しくて居心地がいい、そしてすぐ、一瞬にして世界が変わって行った。
上空から見るみなとみらいは冬の澄んだ空気の中煌めきを放ち、まさに港横浜!
しかし母の記憶にある昔とはまったく違っていたらしく、盛んに回りをキョロキョロして自分が知ってるマリンタワーや氷川丸を探していた。
子どもたちも大はしゃぎで、と言ってももう大人だけど、じっとしながら映えるぼく(笑)と母をいっぱい撮ってくれた。
 
そんな母にとっての新しい横浜の夜景を見せてくれたゴンドラも終盤に近づくと、ゴンドラ内に放送が入った。
”もうしばらくしたらゴンドラが停止しますが、故障ではありません” と言ってくれている。
母を下ろすために、このすべてのゴンドラを停めてくれるのだ。
確かに乗車する時にもゴンドラを一度停めて、車いす用のスロープを取り付けてくれてから乗車した。
乗るときももちろん、ありがとうございます、と思ったけど、今この放送を聞いたら、この美しい夜景を母に見せてくれたこの場に居る皆さんに、言葉にならない感情が押し寄せ、感謝の気持ちが溢れた。
 
 
帰り、コスモワールドの出口を出て橋を渡る途中、
海側から吹く冷たい風をよそにぼくは、
「今夜はそんなに寒くなくて良かった」とみんなに言った。
 
いや、寒いのだ。
ぼくらが寒くなかったのはあの温かなゆりかごに乗せてもらえたから
この沢山のゆりかごは全部温かい
それぞれ違う境遇の人たちが笑顔で楽しみその時間を温めている
ぼくらはこの場に居る人の優しさに触れられたから、今、家族皆が温かく感じられているのだ。
 
人は一人で生きているのではない、
どこの誰と知ることのできない人にさえ支えられて生きている
自分が得ることができた幸せの感情は、誰かがもたらしてくれたから
 
 
ぼくは橋のたもとで車いすを押す手を止め、もう一度観覧車を振り返った。
ぼくたちが乗った60番と名が付いたゆりかご
目を瞑ってお礼を言った。
 
 
 
 
 
 
 
2022yokohama2
 
 
 
 
__________
 
 
 
 
昨年も沢山の素晴らしいお客さまに恵まれました。
私たちを家族のように迎えてくれて、お客さまという枠を超えて、人として本当にステキだなと感じる方々に出逢うことができました。
そして、そのお客さまの願いを叶えるべくステキな仲間にも恵まれ、
人と人との不思議な出逢い、そして友情に恵まれた一年でした。
 
 
ぼくは思いました。
ぼくの人生がこんなにも幸せで美しいのは、
愛するスタッフが居てくれるからなんだと。
 
ぼくにとっての幸せとは、
お客さまはもちろんのこと、そして家族はもちろんのこと、
大切に思える人がずっと側いてくれることこそが、ぼくにとって最大の幸せなのだと。
 
 
 
元旦
初護摩を頂き、初詣をし、今年の準備を整えました。
 
新しい時代 
NEW ERA of ms Desgin 
林 正晃
 
 
 
 
 
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大学生の皆さんはこのコロナ禍で自由に企業研修やインターンに行かれず、それを学校は様々な取り組み方で活動を支援していると聞いた。
二人の我が子も同様、思うように学校に行かれず、毎日PCの前で奮闘しているのを見ていると奥歯を噛むと同時にとても複雑な心境になったりする。
今回のこの講義は某大学の建築を学ぶ二年生に向けて、学生さん側が企業に出向いてインターンを受ける通常の形ではなく、学校側から依頼された数社の企業が生徒さん方に向けてそれぞれの講義をする、という形で行われるという。
当初は学校に招かれ、大きな講堂で行う予定だったが、この感染状況では生徒さんを登校させるわけにいかないということで、完全リモート講義になった。
 
ぼくはこのご依頼を受け、本番まで一ヶ月ちょっとしかない状況で、何を語るかを一生懸命考えた、何しろ、初めての経験だから。
講義時間は二時間。
そんな長く語れるわけないよ〜!なんて、ウチのスタッフ達に言ったら、
それはまったく心配してない!笑、だって。
ぼくの語りは人を惹きつけるし、面白いし、魅力的だと褒めてくれた。
褒められれば木に登るわけで、お猿のぼくは建築を志す未来の若者に向けてのシナリオを一気に書き上げた。
 
タイトルは、
 
「大人になることは楽しい
  自分を幸せにするために、
   人を幸せにする建築士という生き方」
 
未来のアーキテクツに向けて、パワポだけでなく、沢山の資料と写真、動画とウチの若手新卒者のインタビューなどを用いて行った。
ぼくとしては一生懸命やった。
一番伝えたかった、建築の魅力〜ステキな大人へ、を言えたんじゃないかなと、、、
諸先輩方から見れば、何をほざくか!と言われるだろうが、この先、更なる幸せの国日本にしていく学生さんへ、正直、手前味噌だけどそう思った。
 
 
 
それから数日後、担当の先生から思わぬメッセージが届いた。
あの日の講義の感想を頂いたのだ。
担任の先生から生徒さんに任意で募ったという感想文、
ぼくはドキドキで目を通した。
 
その中には様々な思いが詰まっていた。
長い講義時間、拙い話し方にも関わらず、ぼくが言葉にしなかったハートの中の事を理解してくれていたり、自分の将来に重ね合わせて聞いてくれてたり、、、
ぼくはそれを読み進めるごとに心揺さぶられ感動し、今の若者の膨大な可能性と、建築業界のみならず、日本の素晴らしい未来をも感じることができた。
そして、とても勉強になったし、素晴らしいと思った。
 
 
 
 
この講義が講堂での演でなくリモート講義に変更になった瞬間、ウチのスタッフは皆で協力をしてこの日をつくりあげてくれた。
ご依頼を頂いたのはぼくだけど、ぼくだけの事でなくなった瞬間、こういう時のスタッフの協力関係は、ス・ゴ・イ!
これは絶対にどこにも負けないんじゃないかな。
と言っても、他がどんなかは解らないが、ウチでは何というか、、、そういう時に、魔法のような時間が訪れる。
ミラクルなのだ。
会社が虹色の柔らかなドーム状のものに包まれているような、
シャボン玉が割れずに机に着いて、そのまま割れないで半円が保たれているような、
ふるふる揺れながらレインボーがキラキラ見えるような、
その中で、皆が笑いながら楽しく、時に忙しくちょこまか動いているような、そんなふうに感じるのだ。
その中はとても平和で安全、楽しく幸せ、そんな美しく優しい世界。
そんな仲間がつくるのだから、出来上がるものが素晴らしくない訳がない。
それは家でも、このようなイベントでもそうなのだ。
これこそが’ohanaであり、エムズデザインなのだと。
みんなありがとうね!
 
 
ここに、もう一度このような素晴らしい機会を与えてくださった大学の教授をはじめ諸先生方へ心よりお礼を申し上げます。
この度の機会を頂きましてありがとうございました。
御校の益々の発展と共に先生と生徒さんのご健勝をお祈り申し上げます。
 
代表 林 正晃
 
 
 
*この講演のダイジェスト版をYouTubeにアップしました。
 よろしければご覧くださいませ。(ステキな音楽がながれます)
 
 
*学生さんからのご感想文をblogに記載してございます。
 こちらも、よろしければ…(記載ご承諾澄みです)
 
 
 
 
daigaku
 
 
 
 
 
 
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師走2021

どれほどこの12月を待ったか、
大きな変化をもたらすこのコロナ禍において、思いも寄らぬ変容を強いられた事も沢山あったが、それに右往左往することなく常に自然の波に乗り、昔見ていた夢を思い出していたら、今日その幕が開けた気がした。
 
人間さまが逆らえぬ自然の流れは時として脅威であり、
それにあらがう者はのちに我が身を知ることになる。
ぼくは美しの森に行ったとき、それを再確認した。
露は木々を潤し、陽は養をつくりだす。
きしきしと軋み鳴る草や枯れ木を踏みつけながら、道でないような道をひたすら進むこと、慌てると転んでしまいそうな…
それでもそこには小さな花が咲き、大小、鳥のさえずりがsurroundで聴こえる。
 
明らかに時代は変わった。
お問合せ 〜ご相談〜プレゼン〜ご契約
お客さまは今まで以上に我々を知ってくれている。
芸術は爆発だ!と巨匠の言葉をお借りすれば我々は、
幸せの出逢いが爆発だ!
ご相談者さんからのお声がけは増大し、信頼し合える仲間達も増え、日々笑いが溢れかえっている。
 
 
素直でいて良かった
うん、素直にいることが楽。
 
師走
ずっとひた走り続けているぼくはまだまだ師匠ではないから、
この師走、
皆でチカラを合わせて走り出す”皆走”ということにした。
なんて読んだら良いのかわからないから、皆でスキップしながら行こうと思う。
 
 
 
 
 
 
 
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前へ進むこと
過去に感謝をして、今を生きていることに幸せを重ね合わせている。
いつでも陽に照らされているわけじゃないけど、何故だろう、ぼくはそう見えるみたい。
もちろん時には陰を歩き、向かい風を受け、時折降る雨に身も心も濡らされて、、、
 
 
しかしそれでも陽と共に生きたい。
愛を語り幸せを捧げ、それはでも、できるだけでいいから、それはぼくの役目な気がするから。
 
 
小さな輝きでいい、
その人の家族や仲間だけわかればいい。
あなたが居なければ、
あなたが居てくれること、
あなたと共に過ごせる毎日はかけがえのない日々、
それは神様がくれた時間。
時に、私にはあなたの輝きが見える
そしてその輝きに照らされて生きる私は…
 
 
共に歩むこと
あなたが居てくれること
気の利いた言葉はかけられないけど、代わりに正直は言える。
かけがえのない日々
美しい時間
笑顔は平和を生み大きな愛をつくり出す。
 
ぼくはそこに生きている
ぼくはそれしかできないから
そこにしか生きられないから。
 
 
大切な人と過ごすかけがえのない時間
これ以上の幸せはなかろうが。
 
 
 
 
 
 
 mae
 
 
 
 
 
 
 
 
投稿者: hayashi 日時: パーマリンクコメントするトラックバック