夕焼け

あの日を憶えている。
悲しかったあの日、ぼくの体は震え動くことができなかった。
 
生命あるものは、
神がくれた偶然という機会を経て出逢うことができた者の笑顔をつくり出すために生きる
命与えられた者は、喜びと幸せを与えるためだけに生きる
 
命の尊さを知り
我が人生を捧げる
 
しかしそれはほんの少しかもしれない
与えられるものなど、ぼくの人生のほんのかけらかもしれない
 
でもぼくはそう生きる
出逢いに感謝しているから
 
 
素晴らしき思い出
ありがとう
 
 
 
sunset
 
 
 
 
 
 
 
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とスタッフからメッセージが送られてきた。
毎年、梅雨明けを待ち望んでいるぼくの喜ぶ顔が見たいのか、
はたまた、暑い夏にはウナギ食べたーい、っていう宣言なのか笑
まあどちらにしても、ぼくにとっての夏はメインステージみたいなもので、子供たちや奥さんにも「良かったね!笑」 
って言われちゃってる。
自宅のバルコニーで汗だくになって、筋トレして、暑いくせにホットコーヒー飲んじゃったりしてもっと汗かいて、
更にサウナに入って、美味しい水飲んで、家族に笑われて、幸せを感じるよ
まったく。笑
 
 
昔のブログを見ると、ぼくは夏が大好きで大好きで、とたくさん綴ってあって、もちろん今も変わらぬ夏好きだが、あの時の夏をもう一度味わいたいと思うことはなく、楽しかった夏をもう一度!なんてノスタルジックは全然いらなくて、そのかわり、このコロナ禍でしか味わうことができない今までにない夏を探して、というか、つくってみたいと思ってる。
 
アイデアはいくつかある、
作戦はこうだ。。。
 
と思ったけどやっぱり書かない。ゴメン笑
恥ずかしいから。
 
 
 
何しろこの夏、ぼくにとって新しいことがいくつも始まっている。
思い描いたステージが訪れようとしている。
スタッフ皆が笑って仕事をすること、
そしてぼくは皆に笑われながら生きること、
楽しんでもらえるなら本望だぜ!と神様に感謝しながら今年だけの夏を迎えている。
 
 
 
 
 
geshi
 
・鳥居の前でハンバーガー 明治神宮のカフェ
 
 
 
 
 
 
 
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GOGO 55歳

55歳になりまして、いい加減ちゃんとした言葉遣いでblogを書けるようになったほうがいいのでは、と考えてみたけどぼくには無理そうだからやめておいた。
そのかわりにと言っちゃぁなんだけど、プレミアム世代になる準備を開始した。笑
”プレミアム世代”と言ってもじつはどんな世代なのかは良く解らないのだが、ぼくはなんとなく〜70歳〜くらいからなのかな?とInterFMのとある番組を聴いてそう感じる。
 
先輩方のお話は何をとっても豊かで興味深く、そしてメッチャ面白い。
あぁ、あんな歳の取り方がしたい、と心からそう思うこともしばしばある。
しかしその世代になるだけでプレミアムになれるのではなく、その歳になって、やりたかったことが出来たり、ある程度思い通りに生きられたり、ようは、自ら求めていた幸せを感じるような、それまでの経験を存分に発揮できるような、人生の集大成のように毎日がハッピーに生きられていることがその言葉なのかなと感じる。
 
いつもそのラジオを聴きながら自分と照らし合わせながら我が身を振り返ってみたりしている。
そう振り返ればぼくは、音楽と旅で生きてきた。
残念ながら本職の建築は後から芽生えた志だった。
ウチのチーフやサブチーフのように、小さい頃から家が大好きで、将来は家づくりの仕事に、、、なんて考えることができなかった。
幼い頃は学校から帰るとすぐにレコードに針を落とし、ネットを外したスピーカーに目を瞑って顔をできる限り近づけて、このまま音楽の中に入りたいと願い聴き入った。
あえて建築に近づけて言えば、上野の国立科学博物館や美術館が好きで一時期は毎週のように足繁く通い、静寂の中、人の足音の残響に身を委ねながら時を過ごすのが好きだった。
そんな近くでも旅先でも、ステキな場所にいったり写真でその空間を見ると、目を開けながら瞑想をしているように身体中の何かがすーっと澄んでいくのがわかった。
だからこそ無意識の領域では、その建築を感じ、認めていたのかなとも思った、こじつけかもしれないけど。
 
話を戻して、
ラジオからのそんな先輩方の話しを聞いていると、ぼく自身がその歳になるまでの道のりを考えることが好きになった、ようはこれからの時間の過ごし方だ。
そこでぼくはこれからの歳、なにを主軸にするかを考えてみた。
いや、実はもうかれこれずっとまえから考えていた。
主軸っていうと一本になっちゃう感じがしたから、何本でもいいや、と自分を甘やかしてみたが、しかしそれは一つだけだった。
それは本当に主軸といえる事のように感じた。
 
 
「若者の時代へ」
そんなアプローチ。
それが主じゃないか?と感じている。
自分の子ども達への想いもそうだが、まずはウチのスタッフだ。
まだ若輩の身でそのような戯言を!と叱られるのを覚悟で言えば、
 
「ステージに上がらせて、スポットライトを浴びさせたい。
 お客さんが喜んでくださったとき、仕事が成功したとき、
 アドレナリンが出る感覚を身をもって経験し、
 それを糧にさらに喜びや幸せを感じてもらいたい。」
 
これは既にウチの会社で着手しているし、2〜30代の若者はそれに応えてくれている。
こうしていつかぼくが、その”プレミアム世代”になれたなら、あの時のぼくに、
「55歳の若造が何をほざく、、、
 だけどオレ、あの時がんばったからこの嬉しい結果なのか、、、」
と感じたい。
 
 
プレミアム世代への準備、
もう遅いのかもしれないけど55歳、GOGO!で参ります。
 
 
 
 
 
 
 
 
gogo
・たくさんの55に囲まれて。
 オハナスタッフがお祝いしてくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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大河ドラマはあの龍馬伝以来ずっとご無沙汰だったけど、渋沢栄一ならば観ない理由は見つかりませんよ。
日曜日、家族で早めの夕食をし終えて、さっさとお気に入りのソファに腰かけちゃう。
以前読んだ論語と算盤とどうつながるのか、それに今平行してNHKラジオ第一のカルチャーラジオでも特集をやってくれていて、それはそれで興味深く浸ることができて嬉しいし、大河は大河でとっても観応えがあって楽しい。
時代の移り変わりが早い今、それがコロナによって更に加速し、そこに応じたくてハートの筋トレをしながら賢者からの学びを得たいと思っている。
まあビジネスマンの端くれとして、そんな話もしたいけど、今日はビジネスの話題ではなく、音楽の話。
 
 
”晴天を衝け”が始まると知ったとき、「ん?作曲家は?」とすぐに思った。
龍馬伝からかれこれ何年経ったのかも覚えていないが、あの龍馬伝の挿入曲はすべて良かった。
と言っても言い過ぎじゃないほど、本当に素晴らしかったから、もしかしたら… と調べてみたら、やっぱり!
思わず、うわ!って声が出た。
作曲家の佐藤直紀さんは天才だと思っているから。ぼくはね。
だからこのドラマが始まるのを心待ちにしていた。テレビをあまり観ないぼくとしてはめずらしく録画もしてね。
あ〜、この手の作曲家の話もblogに書きたくなってきたぞ〜笑
ドラマというか、物語というか、映画や舞台とかも、、、
海外ならばJames Nuton Haword や、もちろんFrank Royd Waver などは最高。
いやいや、話を戻して、、、、
 
 
初回、
初めて聴く壮大な交響曲は、ぼくのような素人甘ちゃんには理解不能…
正直、テンポもつかめず、流れもわからなかった。
それでも何度か聴き続けているうちに、いろいろ聞こえてきましたよ、スゴさとともに、テンポ感もつかめたし。。。
劇中の曲も素晴らしく、ドラマの面白さと、曲の素晴らしさと、頭の中を二つに分けて観なくちゃならなくて、
大きく物語が変わるシーンでは何回も涙が出ちゃったけど、そんなシーンを盛り上げる感動の曲はその素性の素晴らしさを感じてしまう。頭の中が忙しい。汗
 
 
このまま書き続けると文章があっち行ったり、こっち行ったりしちゃうから、そろそろ本題に移りますけど、
毎回一連のドラマが終わった後に、その日の劇中に出てきた由緒ある場所が今はどうなっているのかを説明してくれるシーンがある。
そこで流れるBGMの説明に、
「オンド・マルトノ演奏  大矢素子」と出る。
アレンジされれたテーマ曲のメインメロディを奏でる楽器がオンド・マルトノ。
ぼくは楽器が好きで、それも電子系の楽器なら聞いたことあるものも多いのだが、これは知らなかった。
じゃあマニアじゃないじゃん!ねぇ。
回想シーンにベストマッチする音色は素晴らしい旋律をさらに優雅に聴かせてくれるな〜と感じながら聴いていたその瞬間、あれ?なんか聴いたことある感じ!といきなり思い出したことがある。
「あ、アルモニカっぽい、、、」
電子とアナログを合わせ持つこの楽器の音色は、それはそれはとても美しく、ぼくは最初に聴いたとき、モーツァルトの時代のアルモニカ(グラスハーモニカ・グラスハープ)のようだと思った。
音の衰退がほど近く感じたんだ。
そしてもう一つ、その瞬間、とても怖いことを思い出した。
 
このアルモニカという楽器はその当時、悪魔の楽器と言われていた。
由来は、その楽器の演奏者が次々と原因不明の病気になったことだそうだ。
もちろん真相は知らないが、言い方は悪いがぼくは「狂人になってしまうと言われていた楽器」と教わった。
奏法はこうだ。
普通のグラスに水を入れてその縁を、少し濡らした指でそっと擦る。
イメージできると思うけど、ホワンっと優しい音が奏でられるでしょ?
そんな要領で音を鳴らすのがアルモニカで、大きさが少しずつ違うグラスを重ね、それを横にして水に浸すようになっていて、それをくるくると回しながら、そのグラスに触れることで音が鳴る。(これ、ぼくは本物を直接見たことがないから合ってないかもしれません、すみません。ご興味がある方はお調べくださいませ。)
ビビリのぼくはその話を聞いた当時「全曲モーツァルト制覇!」と聴きまくりを実行していたにも関わらず、その曲を怖くて聴くことができなくて、笑 
でもいつの日か、確かyoutubeができてから、それを目で見ながらしっかりと聴くことができた。
 
そんな悪名高き楽器に似ているかも!なんて、無知にも程がある!と、とんでもなく失礼なことで(すみません 汗)、、、
しかしそのオンド・マルトノはとっても良い音で、ドラマの後味を本当に良いものにしてくれている。
後で色々と調べてみたら、シンセのような音づくりができる感じで、ぼくはちょっとmoogのフィルターっぽく感じたり、テルミンぽく感じたり、アナログサンプリングが合わさったように聴こえたり、それはそれは素晴らしい楽器だと思った。
 
 
ドラマの面白さもさておき、多彩な挿入曲は、それを彩るだけでなく、色々なことを感じさせてくれている。
ビジネスと音楽、この両側からこの物語を当分楽しもうと思う。
 
 
 
 
オンド・マルトノについての解説がありましたのでリンクします。
(YouTube 音が流れます)
クラシック・」ニュース 大矢素子(オンド・マルトノ)どのような楽器であるか?
 
 
 
 
 
om
・本文との関連はありませんが、表参道事務所からほど近い宮下PARKの筋肉食堂でハートの筋トレ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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人生が大きく変わる瞬間に立ち会うことができる仕事をしている。
その変わる瞬間、家族は皆でなんらかの一歩を歩んでいる、それはその家族だけが味わうことができる前進という感情。
 
思いはいくつも、、、
 
このお袋の味はいつも私を支えてくれたな
この曲はいつも私を励ましてくれた
この本は常に学びを…
この空は…
 
この家は私を育ててくれた…
そう思ってもらえる家をつくっている。
 
今まで住んでいた家とお別れをするとき、
この家はいつも私を…と振り返ってくれるかもしれない。
口に出さずともその家に感謝をし、育ててくれたお礼をし、それまで過ごしてきた大切な物語にそっと言葉をかけてくれるかもしれない。
 
住まいに寄せる思いは人それぞれ。
それは大きな決断だったのでは、と感じることにぼくらはとても多く出くわす。
 
あなたが選んだこの尊い前進を、
ならば私はあなたのこの前進を称え、あなたが歩むこの大きな一歩の意味を感じながら未来を創り出す。
そうしてつくった家に住むことで、将来あなたとあなたの大切な方にこう思ってもらえたら嬉しい。
 
この家があったから私は幸せに歩いて来れたのだと。
あなたが居てくれたから、私は幸せだったのだと。
 
 
未来は予測できないと言うけれど、私は思い通りに行かせることもできるのでは?と感じてしまう。
だって私は、ご自身の行きたい未来像を追い続けることでそれを叶えて行った人を大勢見てきたから。
 
私の人生は、そのように人生を幸せに変えて行った人たちと共にある。
私の仕事はとても幸せだ。
 
 
 
 
 
remem
 
 
 
 
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住宅設計をやっている建築士なら、自分の家を自分でつくったことがあるかがとても大切に思う。
可能な限りどんな方法でもいいから、自分の家を自分で建築設計するのだ。
そうすることでしか出会えない課題があり、自邸でしか気づけない問題がわかる。
そして、自邸の建築費用を自分が支払うことでしか知ることができない大きな感情があると思っている。
 
ぼくはおかげさまで自分で自宅を新築することができた。
多くの人たちと同様、予算もあったし、住宅ローンを組んだ。
その前には、実家の寺の大規模修繕工事をし、ぼくの代でお稲荷様も建造しなおし、実家リフォームもわずかながらすることができた。
このようなことをする前と後では、仕事への考え方が正直とてつもなく違った。
 
 
自宅建築では様々な実験を行った。
それは自邸でしかできないテストや、今までやってみたかったけど、行う機会がなかった仕様、使うことのなかった材料などを、試行錯誤しながら行った。
カッコつける言い方かもしれないが、従事者の特権を得られる代わりに、自ら自邸をサンプルにする。
人サマの家でできないこと、やったことないことの試験体にした。
エムズデザインでは、やったことのない方法や、使ったことのない材料などを使用するときに一定の決まり事を設けている。
それはもちろんお客さまの家で行うのではなく、メーカーが持ってきてくれた新製品などはテストをさせてもらい、まあ正直最初は疑ってかかるようにしている。
ある程度、時間経過等の察しがつくようなものであれば、お客さまにお断りしてから使用することもあるが、たいがいは試験採用の機を設けたり、テクニカルデータなどを徹底的に調べたりしている。
正直ぼくはビビりだから、石橋を叩いて渡らないことも多いし、調べるのが好きだから、自分が満足するまで調べたりしている。
 
そんなを知ってか知らずか、
ウチの売りの一つとして、同業者からのご依頼がとても多い。(あ、これ自慢ですm(_ _)m)
多いというか、常時数件は同時進行しているくらい、めっちゃ多い。
建築士からのご依頼、役所の建築指導課にお勤めなさっている一級建築士の方や、大手ハウスメーカーご勤務、住宅資材メーカーご勤務、他、建築関係のプロが様々。
そのたびにぼくは感じる。
どこを見てくれているのか?何を感じてくれているのか?
とてもありがたいし、とにかく自信になる。
だからこちらも専門用語で話す。とても楽だし安心。
仕様や価格についてもちゃんと理解してくださるし、なによりプロ目線で見て選んでくれることが嬉しい。
ようは、正直は正解なのだ。
 
ぼくは以前からこんな言い方をしている。
「医師が、大切な仲間の医師を治療するときと同じ方法で治療する
 建築士が、大切な仲間の建築士の家をつくるのと同じ方法で設計する
 私はそのように、あなたの大切な家をつくります。」
 
ようは、行動にも感情にも”表裏”が無いんだ、ということ。
どんなときも自分ができるだけのことを全うするだけ。
しかしそこには、その建築士にどんな経験があるのか?どんな仕事をしてきたのか?
そしてそれが、大切な身銭を切って得た経験なのか?が大きく現れてしまうのだ。
 
身銭を切らなければ、それは机上の空論、とまでは言わないが、知識を持っているつもりだけど、それが本当なのかを確かめたことがないのと一緒なこともあると思う。
まあ厳しいようだがこれは事実じゃないだろうか。
 
 
ぼくはカルパッチョをつくるのに、スーパーでパックに入った切り身しか使ったことがないから、お魚のさばき方はおろか、肝心な小骨の抜き方も解らない。
毛抜きみたいなもので一本一本抜いていくのは見たことあるけど、その小骨がどこにあるのか?どっち向きに引き抜けば良いのか?
Youtube で見て勉強しても、自分でやってみて、そして食べてみなければわからないのではないか。
 
 
そんなことを大声で言っているウチの会社では、強制ではないが、スタッフが自宅を考えるとき、なるべくなら自分で設計することを推奨している。
なぜなら、そうゆうことだから。
住宅の設計の仕事をしている建築士が、自らの自邸を建築すること、
それは一番成長できることだし、これから将来、自分の仕事にこれ以上の学びは無いと思っている。
だからできれば、どんな形でも良い、自分で自分の家をつくるのだ。
 
我々は偶然このような仕事をしているからそんなことを言えるのも確かだ。
でもぼくは普段からほとんどの事に対してこんな選び方をしてしまう。
 
・レストランに行くなら、シェフの顔が見える店が好き。
 得意な料理は何か?その料理の意図、食材の選択、
 その上で、トレーサビリティがわかると更に期待しちゃう。
 
・車を買うとき、スタイルはもちろん、それ以上に、性能や開発技術がとても気になってしまう。
 グレードがある場合、開発時にどれがメイングレードなのか?こだわりポイントはどこなのか?
 だから営業マンでなく、できれば設計士や、整備メカニックと話しをしてから決めたい。
 
・本を選ぶときも同じ。
 誰かが既に言っているかどうかを確かめたい。
 オリジナルの書物には本物だけが持つ魂が宿っている感じがするから。
 
 
 
ようは、上辺だけが嫌いなのだ。
見た目だけ良ければいいが大嫌いなのだ。
何かのマネが全く無いというのは難しいし、ぼくもマネから入った。
こんな偉そうなことを言ってもぼくなどまだまだ道半ば、五十五歳の若造、アブアブかピヨピヨか、半ぺらも甚だしい。
しかしそこにオリジナリティや学び、経験があるのかが知りたい。
正直、今は上辺だけのモノの方が多いのも事実だろう。
腹を満たせればいい食事もたまには良いだろう、
着られればいい服、乗れればいい車、住めればいい家、
そんなものが多い日本でも、時折キラリと輝きを放つ本当に優れたものがある。
圧倒的に数が少ないけど、なんとなく気品があり美しさが現れているステキな家は確かにある。
決して奇抜でなく、逆にお淑やかだったり、なんとなく力強さが表れてたり、建築士の愛や思いやりが感じられる家があるのだ。よくわからないけど、そこに馴染む、あなただけが馴染む家があるのだ。
そんな家をぼくはつくりたい。
 
 
昔、あるお客さまが過去に家づくりしたとき、このように担当者に聞いてみたと言いました。
「あなたは自分の家を、ご自分で建てた事がありますか?
 あなたはご自分で建てた家に住んでいますか?」と。
 
 
自分の家づくりで失敗したことを、お客様の家で二度と繰り返してはならない。
自分の家で成功したことを、自信を持って案内する。
これが我々に求められていること。
 
 
 
 
物事は、逆の立場に立てばすべて教えてくれる気がする。
相手の立場になって考えればすべて教えてくれる。
これがぼくの考え。
 
 
 
 
 
 
kts
 
 
 
 
 
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虹の雲

虹の雲を見ました。
 
バルコニーから空を見上げたら
 
虹色の雲がぼくに向かって輝いていたんです。
 
 
大急ぎで娘を呼びに行って
 
ぼくは幸運だなって
 
だから、今の幸せに感謝しよって。
 
 
初めて見た虹の雲
 
ぼくはこの雲が、虹色の龍に見えました。
 
 
 
 
 
rainbow
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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爽やかな日曜は、

朝からバルコニーだ。
昨夜の雨が庭の土や草をしっとりさせ、バルコニーのセランガンバツの床が乾かぬうちに外を楽しもうと「お外セット」を持ってテーブルに運んだ瞬間
うゎ、思ったより紫外線強!と、当たり前だなと自己突っ込みをしながら
AesopのSPF50を塗ったくった。
 
引き篭もりのぼくにとってバルコニーは最高の趣味室であり書斎でありトレーニング場であり、時にテレワークオフィス化するけどそれはそれで、まあとにかく自分の部屋のように使っている。
今日のような晴れの日は洗濯物と一緒に風になびく植木を横目に、アマゾンで買ってからずっと積んであった本を読んだり、お気に入りのイヤホン(ぼくオーディオマニア)をいくつか持って、とっかえひっかえ同じ曲を何度も聞き比べたり、こんな風に思い立ったことを書き記すためにマックを叩いたりするのがいいね。
そんな麗らかな空気に誘われたのか愛犬ソフィーも寄ってきたと思ったら、ぼくの顔をちらっと見てすぐに、ぼくはこっちで寝転がるよ、といつもの居心地良い場所を陣取った。
晴れの日だけでなく雨の日のここもすっごく素敵で、庇が出ていないほうの窓を走る雨のしずくをギターとともに眺めているのも好きだし、ぼくが大切にしている一人掛けのチェアに腰掛け、挽き立てのコーヒーと過ごす時間も格別だ。
 
バルコニーを設計するときに一番気にすることは、プライバシーとセキュリティ、
その次は”太陽と風 Sun&Wind®”
言わずもがな、プライバシーに関しては人によってまったく異なるから完全注文設計の場合はこの部分のヒヤリングというか捉え方がとても大切になるし、場所によってどのようにするのが良いのかは設計士の実力も出るところじゃないかな。
ウチのお客さまはそこの部分をとても理解してくださる方が多く、だから少しだけオープンにというか、いわゆる洗濯物干し場としてだけでなく、閉ざされた空間としてではなく、気持ちを少しだけ外に開くようにつくることが多い。
ぼくは方角を見て設計するのが好きだから、たとえ南や東がクローズ的でも良い方角を見つけてあげたいし、部屋を明るくするための秘策じゃないけどどんな土地でもその土地の良い部分があるのではないか、と信じていたい。
 
そして、”太陽と風 Sun&Wind®”
人間が心地よいと感じるだけでなく、ウチの犬も植物も、この太陽と風を必要としているのだから、それを考慮した設計がぼくの、そしてエムズデザインの考え方。
別にこの考えはバルコニーだけのことではなく全ての設計の基本だから、昼だろうが夜だろうが、初夏だろが真冬だろうが、断熱性能や窓の位置などをこの”太陽と風”をベースに考えてスル。
そうすることで、ちょっとだけ寸法の違いを与えてみたり、材料の目利きをしたり、施工方法にちょこっとこだわったりするだけで後になってこんなに大きな違いになるということを何度も何度も経験している。
これは正直ね、同業者やハウスメーカーの社員、そして建築士からもオーダーを受けるウチの最大の特徴かもしれないと自己満していますよ。笑笑
そんなふうに、今までのバルコニーとはちょっと違う角度で見てほしいし、もちろん叶えられない事もあるけど、新しい自分を発見!なんてそんな時間をつくりあげるためにもそこで時間を使ってもらいたいと思っています。
 
 
 
 
タンポポの花が綿毛に変わるこの季節
その綿毛がそれを伝えに今ぼくの手を擦っていった
昨日買ってきた新入りのシマトネリコが小さな体を揺らし、眺めるぼくの爽やかな気分を盛り上げた
 
バルコニーでの朝
それはぼくにとって必要な時間
そんなことを想う大切な場所
 
 
 
 
 
210418
 
 
 
 
#バルコニー
#Green & Garage
#シマトネリコ
#オーディオマニア
#トレーニング
#aesop
 
 
 
 
 
 
 
 
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桜を忘れて

   よろしければこの曲をご一緒に… Essence / Renee’ Michele
 (YouTube 音楽が流れます)
 
 
 

あぁ、今年もまた葉桜になってしまったと、数少なくなった花びらを肩に受けながら、今年の桜は散り際が綺麗だな、と悔し紛れに言った。

 
夜、車で帰る途中の桜に、あぁ、やっぱり夜桜は美しいぜ、と対向車のライトに照らされた瞬間にしか見えない桜とのご対面も残念だった。
 
去年は緊急事態宣言の最中、新築のお引き渡し現場の近くの満開の桜と過ごせた時間が幸せだったなと思い出して、今年はまだ咲いてるかもしれないかな、とその道を通ってみたら道路脇に役目を終えたように花は散り終わりがっかりした。
しかしその時にはわからなかったのだけど、実はそのがっかりした時間が幸せだったのだと今になるとちゃんと辻褄が合う感じがした。
 
 
物事の全ては移り変わる時に否が応でもその身を委ねられ、ゆっくりと馴染み、そして溶け込んでいく。
もう少し咲いていよう、とか、
もっともっと綺麗に咲こう、とか
そんなこと出来ないのは自然が教えてくれている、
その教え方さえあくまで自然にね。
 
 
桜を見ることを忘れた、のではなく、
桜そのものを一度忘れてみて、その時の出来事に視点を移してみる、
すると、思い出されるあの時、
さまざまな出来事を桜が飾り立てていてくれた。
 
迷いを抱えうつむくぼくを覆い尽くすように大きな桜の木が温かく包んでくれた時もあった。
家族皆で悲しみの別れを桜の木の下でしたこともあった。
咲き誇る数々の大木の桜が子供達の祝福を共に喜んでくれた時もあった。
 
とてつもなく短いこの季節、
それぞれの人の大切な時間を美しい思い出にするべく、その大切な思い出を飾ってくれるための脇役をあの淡いピンク色の花びらが担ってくれているのかもしれない。
 
 
満開の桜は美しい
しかし桜だけが美しいのではなく
桜とともにつくられる時間、思い出されるあの日の出来事、そのすべてが美しいはず。
 
 
 
この季節になると思い出す
たくさんの出来事の傍らに桜が咲いていたことを
 
そして忘れない
その人だけの桜が咲いていることを
 
 
桜が飾ってくれた美しい思い出のように
大切な人の思い出の中にぼくは生きたい
 
 
 
 
 
 
 
 
2021sakura
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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入社式 2021

今日、エムズデザインは2020年度大学卒業の新入社員を迎え入社式を執り行いました。
この状況下でしたので全員揃っての式は叶いませんでしたが、新卒社員のこの素晴らしき門出を祝い、ささやかですが歓迎会も行いました。
 
昨年の入社式はコロナ禍の緊急事態宣言中だったこともあり8月末に延期だったので、その当事者だった一年目の社員をはじめ、スタッフ皆が今日をとても楽しみにしていました。
 
2021年この日を迎えられたことに感謝をし、明日からまた私たちを必要としてくれている方のために、一丸となり精進して参ります。
 
素晴らしき日をありがとうございます。
 
 
___
 
 
 
信じること、
人を思うこと、
そして、自分を愛すること。
 
人は皆大きな可能性を持っていて、でもそれが上手に出せなかったり、自分の可能性ってなんなんだ?とわからなかったり、挙げ句の果てには、もしかしたら自分はそんなもの持っていないんじゃないか?と勘違いしてしまったりすることがある。
このことはぼく自身とても良く理解できることで、こんな歳になってさえその迷宮に入ることがしばしばある。
自分の可能性を信じよう、って言われても頭ではわかっているけど気持ちは不安になったり、何を信じたら良いのか、ちょっと意味がわからなくなったりすることがあるからそんなときに、そんな迷宮に入ってしまう前に誰かが手を差し伸べてくれたらって…。
 
そこで上司である我々の役目はそこにある気がする。
仲間の可能性を見いだし、それを伸ばすこと。
いやいや、そんなこと言われてもわかんないし、ましてや、
日々自分の仕事が忙しいから、それを見いだし伸ばすことなどできないなどと言ってはいけない。
まあ、こんな口をきく仲間はウチには居ないから大丈夫だけど、
それでも、ときには自分を殺し、仲間を思わなければいけないと思うし、逆に、常にそれを感じてあげられれば、とても素敵な関係になるのは間違いない。
大人としての対応、ではなく、心からそう思うんだ、
自分の子供を思うように、仲間をね。
 
 
だから若者は上司を頼ってほしい。
信頼して、までは言わないが、ぼくも含め頼りない上司かもしれないが、頼ってみてほしい。
少なくとも今居るメンバーはあなたのその行為を歓迎し、自分のことのように一緒に取り組んでくれるから。
上司や先輩はあなたが抱えていくだろうことを既に経験してきているから。
 
ぼくらエムズデザインは、人と、その人の大切な人を幸せにする仕事をしているのだから、あなたも幸せにならなければいけない。
だからまず自分の可能性を信じることをしてほしい。
そうすることであなたを信じてくれた人の未来を、胸を張ってつくっていく人間になれるから。
 
 
 
 
 
 
 
20210401nyu
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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