静かな人だったな、
そして良くご自身を知っていらっしゃった。
期待に応えよう!と自らを完成形と思われていたのではなく、いつも
期待に応えたい!と自らの未完成さをひとり言で自分自身に注意しながら働いてくださった。
ぼくはその独り言を聞こえないふりしてちょっと大きめの声で挨拶をすると、そそくさと脚立から飛び降りて深々とお辞儀してご挨拶をくださった。
仕上げ工事中という静かな現場の中には、彼自身がまだ許せぬ仕上がりなのか、さらなる上の仕上がりを求めてくださっているのかはわかならいが、またぶつぶつぶつと静かなる呟きが聞こえていた。
何年も前、ぼくらは年末に「ありがとう会」という忘年会のようなことをしていた。
大人しそうな彼は、この日だけは羽目を外してくれて、うちの女子や来てくれたみんなを笑わせてくれた。それも爆笑で。楽しかったな。
ぼくと目が合って、ちょっとだけ照れくさそうにしてたのは、お酒のちからをちょっとだけ借りましたよ!って言いたかったんでしょ。
こちらとしてはありがたいよ。
美しい仕上げを求めて、伝統ある日本の文化を継承する経師屋、表具屋という仕事は、今のクロス屋さんとは少し違った趣がある気がする。
ぼくらからお願いするのはもっぱら壁紙のクロス仕事だったけど、プライドを持った仕事はその仕上げにいつも現れていて、それはリスペクトと感謝だった。
とても静かで優しい人だったな。
ここを去るときも静かに優しく去られたのではないかな。
ぼくは、ぼくらを助けてくださった人の恩を絶対に忘れない。
いつまでも感謝し続けて、またあの世で会ったときに、
あの時はありがとうございました!って明るく挨拶しよう。
最高の技術と最高の人間は永遠に。
心よりお礼とご冥福をお祈り申し上げます。
ありがとうございました。