2019 謹賀新年

昨年もたくさんの新しい出逢いと数年ぶりの再会があり、明るい新年を迎えることができました。
こうした新しい出逢いと再会は私たちに大きな力を授け、日々笑顔で過ごさせて頂くことと共に、設計士としての成長、そして人間としての成長をもたらせてくださいます。
毎年申し上げていることですが、年越しの仕事がある幸せを心より感謝するとともに、皆さまにおかれましては輝かしい新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。
 
2019年 当社は今年、創業30周年を迎えることとなります。
これも偏に皆さまとの出逢いがあったからと心より感謝をしております。
 
 
 
私は思います。
私はデジタルが得意でテクノロジー好きなのですが、移りゆくスピードが増す昨今だからこそ、アナログ的な感覚を大切にしています。
伝統を重んじ、品を感じること、
そして常に先をみること、常に学び続けること、その「常に」を感じ実行することが根幹には必要だと感じています。
素晴らしいお客さまとの新たな出逢いや過去のお客さまとの再会、ステキなスタッフとの出逢い、私は偶然とは思えないこれらの出逢いに深い恩をいつも胸に抱き、今日までの日々を美しくしてくれたことへの感謝と、これからも変わってはいけない思いを守り続けながら、今日から先を生きて行こうと思っています。
この節目である30年を粛々と受け止め、今年も皆さまの役に立てるよう日々精進して参ります。
 
 
 
 
 
 
 
<北欧住宅 MODER モア> https://www.mscp.jp/moder/
内外W断熱工法 + 自然素材 + 北欧デザイン を基本設計にしたコンセプトラインを立ち上げました。
R&D、構想に3年以上をかけて、MODER NATUR(モア ナチュア) = 地球 を意識し、エコロジカルで優しい住宅をつくります。
これには大切な方からの多大な尽力がありました。
設計士として、人として、心から尊敬できる、完全に真が通った設計を貫き続けている福岡の設計事務所Huset 代表の中西さんと取締役の堀之内さんに心よりお礼を申し上げます。
 
 
<MS MAGAZIN・エムズマガジン> https://www.mscp.jp/magazine.html
HPの大規模なニューアルで、今までのオリジナルサイト、ハイクラス高級ラインのプロフーモ、そして北欧住宅モア、という3つのコンセプトにわかれ、そこにプラスして「MS MAGAZIN」というページが完成しました。
このページは私たちをもっと知って頂きたく、日々の活動をblogやSNSで、今まで手がけてきたもののコレクションや、デザインの考え方、そして私が撮りためてきた海外の旅の写真などをご覧頂ける「雑誌」のようにしてみました。
皆さまに楽しんで頂けるよう日々更新してまいります。
 
 
<profumo Hi Class Architecture・プロフーモ ハイクラス アーキテクチャ>https://www.mscp.jp/profumo/#1
アルマーニのようにエレガントで、
エルメスのように職人気質、
成功を掌るキーのすべては「本物」という世界観にあると感じます。
あなたが大切にしていることを感じ取り、あなたを成功へ導く住宅をつくります。
昨年度の新たな事例がアップされています。
 
 
<大切な仲間>
スタッフを増員をしました。
「一艘の船に乗るぼくらは家族であり、ぼくらを選んでくださったお客さまを最高の幸せに導くクルーである。」
今年、私たちは今までにない大きなミッションを掲げました。
” 我々と出会った方すべてを幸せに導き、自分たちも必ず幸せになる “
人は皆、幸せになる権利を持っています。
だからまず、相手を幸せに導き、そして自分へも幸せの訪れを待つ。
 
 
これをお読みの皆さまに大きな幸せが訪れますように。
今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2019年 明治神宮にて、表参道R&D設計室に守護矢を。
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2018年末

最上級のお褒めの言葉とともに頂くさまざまなお品。
美味しそうな食べもの、お花、キャンドル、本、etc,
お客さまからこんなに沢山のプレゼントをもらえる設計事務所はウチだけ!とyokoちゃんが言ったのはスタッフ皆のモチベーションを上げたよな。
以前書いたブログを読み返したら、昔からのお客さまの笑顔が蘇った。
思いがけないプレゼントを開けたとき、飛び出すのは、あの時の出逢い、あの時の笑い声、そう、あの時の時間すべて。
この時ぼくは、都度自らの気持ちを引き締める。
この気持ちを常に胸に秘めるのだ。
 
 
 
振り返れば君がいて。
振り返ればエムズがいて。
ふと振り返ったときに私たちがいることで永遠の安心を感じて頂くことができたなら、、、
私たちエムズデザインはそんな企業であり在りたい。
 
皆さまが信じ支えてくださったことへのお礼は = ぼくらはずっとそばにいる、という約束。
オハナは家族、家族はずっとそばにいる。
 
 
私たちの家族へ、
素晴らしき年をお迎え下さいませ。
 
 
 
 
 
 
 
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大切な

感動しがちのぼくは、事あるごとに感動してしまい、その「事」の意味を探し、それを過去、未来へと繋げていく。
どうか健やかな あかちゃんが生まれてきますように。
どうかさらなる幸せの日が訪れますように。
いや、心配することはない、
産休に入る彼女の顔は、もうすっかりお母さんに成っていた。
 
 
うちの会社には、仕事もプロだが母としてもプロフェッショナルな先輩が大勢いるから、ぼくとしても大の安心で、しかもその先輩達は、自分の孫を授かるがごとく、すっかり小姑のようにセッセと世話を焼きはじめていた。とても楽しそうに。
 
最近まで進行中だったお客さまの引き継ぎも終わり、自分のデスクの前で、大きなおなかにちょこんと可愛らしいブランケットを掛けて、そこに温かな手を添えている姿はとても愛らしく、そのデスクの脇を通る皆を笑顔にしてくれていた。
 
まわりに居るぼくらができること、
当人からすれば、それはそれは小さいことだろう。
しかしぼくは、会社として何ができるか、その当人、家族、そしてお客さまにだってそう、
その人にどれだけのことができるか。
どれだけのことがしてあげられるか、と言うのは違って、こちらがどれだけのことがしたいか、であり、それは言い表しにくいが、恩返しのように感じる。
 
この小さな会社に出逢ってくれたこと、
この小さな出逢いこそが人をつくり、未来の幸せをつくるのだ。
 
 
 
とても小さな会社だから、
同じベクトルを持つスタッフを心から大切にする。
同じように、
とても小さな会社だから、
このベクトルに反応してくれたお客さまを徹底的に大切にする。
それも永遠に。
 
小さな会社だからできること、
それは、人間が本来持っている温かみが滲み出ている会社でいること。
湧き出る思いが人と人を愛でつなげてくれる会社でいること。
 
出逢ってくださった方の全てに幸せになってもらう。
笑顔をつくり出す企業として、お客さまへもスタッフへも、その思いは変わらない。
今までも、これからも。
 
産休を終え会社へ戻ってくる日には、彼女のデスクの横に、ベビーベッドを置く場所をつくっておこう。
新米ママのために、そして新米小姑のためにもね。
 
 
 
 
 
 
 
 
数日後、
そしてその日が来た。
送られてきた写真には、しっかりとした顔立ちのboy とてもハンサムメン!
小姑、小姑って、笑いものにしてたけど、ぼくもすっかりじーじ気分。
なんだろこの感じは?って、自分でも首を傾げながらメッチャ笑顔でいるぼくがいる。
 
 
ステキなお便りをありがとう。
ぼくらにも笑顔をくれてありがとう。
そして、
幸せです、って言ってくれて本当にありがとう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 kgg
 
 
 
 
 
 
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お掃除がままならない洗面台、
壊れかけているドアノブ、
この部屋は見ないで〜!と叫びながら、そっと扉を開けてくださるお施主さま。
 
様々な言い訳をしてくださるけど、ぼくに見えるものは、ここが経過した美しい時間。
痛みきった部分には、愛着が、
物置と化してしまった部屋には、感謝が、
ぼくから見れば、その場所すべてが輝いて見えてくる。
汚れていたり、壊れていたり、片付けがしきれなかったその場所へ、『ここで今まで頑張ってきたんだ、えらいよ!』と、そこまでの時間を褒めてあげたい、大切な歴史へ敬意を表したい。
 
 
『安心して、もう大丈夫。』
ぼくはお客さまとその家に向かって心の中で声をかけ一眼レフのシャッターを切る。
五尺三寸二分五厘、
ぼくらは寸分の狂いなく測(と)りたいと思っている。
それが、この家の歴史へのリスペクト。
その場所でのイメージするのはとても大切で、次々と出てくるアイデアを口にし、その場でどんどんパースにしていく。
場の持つ空気感、風の流れ、太陽の位置、音、匂いまでをも掴みたいからね。
こうして得させてもらった数十枚におよぶ現地写真と、きっちり採寸した図面、イメージパースなど、たくさんの大切な情報をお土産に、次は設計チーム全員でデザインミーティングをおこなうことになる。
 
 
図面を描くとき、目を瞑れば、スーッとあのときの空気が表れ途端にトリップできる。
すると、するりと自然に手が動く。
モーツァルトのように、頭の中で鳴っている楽曲をスラスラと五線譜に描いていくように、、、とはいかないけど、あの日、お客さまが照れ笑いされたときのお顔、窓からの風のながれ、空気、歴史、、、そのすべてを取り入れて創り上げたプレゼンからは、オーラのような、見えない何かが感じられたら嬉しい。
それはそれはとても烏滸がましいが、今までの生活とは全く違った世界を魅せてあげられたら、それはそれはぼくらの本望かもしれない。
そしてもし、あなたがその世界に身を置くことを決めてくださったなら、、、
ぼくらはいつもそんな夢を追いかけている。
 
 
 
 
 
 
1807
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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六月記

うっとうしいとか、生憎とか、好まれない表現が多い梅雨。
湿度が多くじめじめしたり、事故も増えたりするからそれだけじゃないことはわかっているが、当たり前だけど雨は大切。
ひと雨ごとに新緑の美しさが増す春の長雨とは違い、草も木も徐々に緑の濃さを蓄えたから目にも見慣れてしまったが、ぼくはこの時期の雨が好き。
きっと多くの人が感じているだろうけど、雨の日の落ち着く感じは特にね。思い出もたくさんあるし。
 
時として、どちらが良くて、どちらが悪いとか言う場合も多々あるが、晴れの日は良くて、
雨の日は悪い、みたいな言い方には気を遣いたい。
ぼくは、雨を嫌う表現は好きではないから。
傘を持たずに出てしまった時でも、
ピカピカに洗車したばかりでも、
自分の何かが足りなかった訳で、雨のせいではないと。
雨は沢山の食物を、沢山の恵みをもたらしてくれるのだから。
アタリマエだが、晴れも雨もそのすべてが必要なのだから。
 
「雨なのでお足元気をつけて、」
 
防ぐことのできない訪れにはこちらが気を回し注意することだけで良い気がする。
一つの出来事の訪れには、静と動、表と裏、プラスとマイナスがある気がするから、常にその両方を見失わないようにしたいな。
そんな嫌われ気味の梅雨も7月下旬になれば自然に明けてしまう。
外が晴れればすぐ外に出たくなるぼくだから、梅雨前線が南下するまでのこの時期は雨の日をありがたく過ごすことにしている。
 
 
雨の日は、雨の日の装いを、
晴れの日と同じように、雨にも感謝を。
 
 
 
 
 
 
 
 
rokugatuki
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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その魅力だけ

僕らがつくれる部分は「家」というほんの一部分のもの。
本物の息吹を吹き込むのは、、、
 
そこに住まう、あなた。
そう、あなたしかできない。
 
住み始めて、しばらくしてお伺いしたときに感じること。
それは、熟成されるというか、キレイに発色してるというか、
その人の色になっていくのだ。
その魅力だけは、僕らがつくれないものなのだ。
 
また美しい家が増えました。
ありがとうございます。
 
 
 
 
nky
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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青空が気持ちよかったから、事務所を出てモスで休憩した。
午後一で待ち合わせがあり、素晴らしい出逢いだった。
追いかけ続ければ、、、
夢は来ると思った。
 
ありがとうございます。
 
 
 
 
 
omote~
 
 
 
 
 
 
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春、更に。

 たぶん自分が聴き逃しただけなのだろうが、NHK FM のクラシックカフェで、しばらくモーツァルトがかかってないなと思っていた矢先、今朝radikoをつけたとたんにMozart Piano Concerto No.27が鳴りだした。
春、
『3月はこの曲からスタートするんだぁ、』と、なんとなく何かを納得して、はやく第三楽章にならないかな〜と鼻歌まじりに気持ち良く髭を剃っていた。
しかしその瞬間、そういえば先日はベートーベンの田園を夜中にかけて春を一足先に取り入れたことを思い出したけど、今朝の方が3月始まりっぽい!と考えを改め、調子いいけどまぁいいかと自分を納得させた。
そしたらその次の曲はもっとステキで、K596「春へのあこがれ」が。
この曲の譜には「楽しげに」という指示があるらしく、それを知ったぼくは『そうなんだぁ、うんうん』とまたまた納得し、更に調子のいいぼくは殊更に春を感じてしまった。
 
芽吹く春、
暖かな日差しを喜ぶ生命在るものは、当たり前の時の流れを感じるだけでなく、その時しか得ることのできない一瞬を敬うような気持ちになる気がする。
出逢いはいつでも一瞬のできごとだったと感じる。
しかしその出逢いが人生を変え、その一瞬を一生敬う気持ちになることに尊さをもが生まれる。
僕らの仕事は常にステキな出逢いを願い続けなければならない故に、その出逢いに当たり前を感じることなく、一本の電話、一本のメールから始まる出逢いに心底感謝しそれを持ち続ける。
出逢いに感謝なのだ。
 
日曜日にsophieの散歩で公園に行ったとき、小さい子供を連れた家族が春の遊び方になっていた。
その日はぼくも上着を一枚脱いでアディダスのトラックジャケットにした。
片耳だけイヤホンをつっこんであのモーツァルトを聴きながら、もう片方の耳で春の足音を聴きながら鼻歌まじりでいつものコースを一周した。
 
 
 
 
 
 
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長持ち

この歳になるとなのか、ここまで生きているから感じるのか、本当にそういうものなのか、はたまたぼく自身が長持ち好きなのかはわからないが、とにかくまわりに古くなったものが多いし、その長持ちがまたいい感じに思える。
長持ちとは言いづらい話しだが、昨年、いや正確には一昨年前のこと、4,5年履き続けていた冬場だけ活躍するスタッドレスタイヤを調子に乗って雪山に履いていき、とんでもなく恐ろしい目にあったがこれは長持ちというより不精で、しかももったいない病が露わになっただけのことか。
 
ぼくは服をリフォームするのがとっても好きで、近くのお直し屋さんの先生とあーだこーだ言いながら古い服に少しトレンドを入れながら新たな使い方を探す。
FBに「林は年に何本もズボンのおしりが破ける」と書いてあるが、これは本当で、でもぼくから言わせると、あの格好良くステキな撮影スタイル(笑える撮影スタイル)がいけないのではなく、古くなって弱った生地のせいが多大にあると思う。破けるのは古いものがほとんどだし。
先日もコーデュロイのが破けた。コーデュロイは破けにくい気がするけど、それほど長く履いていたんだと思う。思い出してみるとたぶん2007年に買った気がする。
だけどそんな変な失敗もあるのだが自分ではこの感覚を結構気に入ってて、だからこそ買い物は慎重に慎重を加し判断することで正解をつかむことがとても多い、と自負したいけど、あまりに考えすぎて元に戻ってしまって結局安物買いの銭失いをしてしまうこともあるのも確かだとも思うからあまり威張れることじゃない。
ファッションの話しを続ければ、長持ちの話しから離れてしまうが失敗話しをひとつ。これはとくに気をつけてる。ファッション大好きだし。
誰もがあるあるの経験だと思う…いや思いたいが、買ったけど一度も着てないヤツ。
正月休みに断捨離(これも真似ごと。本気でデキない)をしたときも何故かタグ付きプレミアムデッドストックになってしまった服が出てきてしまった。イヤイヤこれはストックでしょ、、、と言い聞かせようとしたとたん、口から
「あああ〜〜〜〜、、、。」と出てしまった。
まあ、幸いぼくには息子という強い味方がいる!と言いたいが、オッサンの趣味など好まれるわけでもなく、しかももうとっくに背を超されていた。
ダメだ、、、と、いよいよ反省文を書かなくてはならなくなったとき、天使が微笑んだ。うちの奥さまだ。
「着ないならリサイクルに出すからちょーだい。」
ときどきぼくの大量の本を処分するときに家中が段ボールだらけになることがある。
その一角にファッションコーナーとも言える洋服詰めの箱を見たことがあった。
前に一度聞いたのだが、何社かのディーラーと取引(要するにリサイクル屋さん)があるらしくその店の得意不得意によって仕分けしているらしい。
それがお金にかわるのか、誰かの役に立つのか、ゴミにしなくて良かったという気持ちにかわるのかはわからないが、やっぱり反省文は免れないな、と思った。
 
序文が長くなってしまったね、まだ序文?笑 ちょっと短く書こう。
これはぼくがとても大切にしているストール群。群というほどないな。
時期的には防寒のためにマフラーにすることが多いけど、巻き方を工夫するとちょっとオシャレになる気がする。
ベルベット生地はぼくの大のお気に入りだ。
子供のころ母からもらったベルベットのベレー帽から始まり、それ以来この柔らかな美しさに魅了され、物心ついた20代(遅)にはファッションにかなり取り入れていた。
ストールだけじゃなく、ジャケットやパンツもあるが、もちろん全部一緒には合わせない。そんなの当たり前だけど一応書いておく。
でももう2月も中旬を過ぎたから、大好きと言ってももうこの生地は終わりということで、その中でも最も古いだろうブラックとシャンパンゴールドのストライプのストールをリメイクした。
両端にベルベットのフリンジがついていたのだが、そのモヘヤのようなベルベットの部分がハゲハゲになってしまったので思い切って切り落とした。切り落とす前の写真を撮っておけばよかったな。。。
正直、エレガントさが無くなってしまって寂しい感じになった気がするけど、これはこれで “気軽に巻ける感” がでてなかなか良いとも思った。これでまた長持ちさせられる。
というわけで、
こんな話はまだまだ出てくるから気が向いたらまた書こう、としたけど最後にもうひとつ、
トレーニングウエアの長持ちはちょっとキケン、じゃなくてかなりキケン。
お気に入りだったけどプーマのロンTはかなりヤバかった。
運動し始めは良いのだが身体が温まってきてうっすら汗をかきはじめると、なんと、ステキないい香りを発するようになってしまった。
GYMにいて、ん?くさっ!と感じてしまったのだ。
これには焦った、汗で焦った。(笑うとこ)
これはサスガに、お気に入りにもほどがある(汗)と思い、すぐにおNEWを買いに行った。
あ、思い出した、
以前にプーマのシューズのことも書いたね。
今考えれば、これも長持ちの話しだね。
今のクルマも10年乗った。その前のクルマは18万キロ走った。
結婚して20年目を迎えた。これを長持ちに入れるのはいけませんね。笑 感謝です。
長持ちに大切なのは、そこに信頼があるかだと感じる。家もそうだね。
長持ちさせようと思いながら使うのはとても大切だけど、何も思わないでそのものをずっと使い続けられることは、その価値を最大に理解しているということかもしれない。そしてその価値を全うしてあげられることこそ、そのものを選ぶ側の責任なのかもしれない。
ぼくは作り手の責任として常にそんな価値を創りだしたいと思っている。
 
趣味趣向の話しをするのはちょっと照れくさいけど少しだけ…いや、たっぷり書かせていただきました。
くだらない長文を読んでくださりありがとうございます。
 
 
ヤツとの約束(過去ブログ)
真剣な撮影スタイル(FB)
 
 
 
 
nagamo
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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らしさ

自分でこしらえるのなら生意気も言えるのだが、どの野菜がどこにあるのか、冷蔵庫の中にあるのかもわからないときがあるのでいつも奥さまに手伝ってもらう。
恥ずかしいな。こう書くとよけいに。
今日は何を入れようか、ベースを決めておおよその分量を用意、
かき回しちゃえばわからなくなるだろうけど、入れる順番はこだわったりして美しさも楽しみたい。
 
先日、医療関係の研究開発をしている博士からジューサーミキサー?というのかブレンダーというのかわからないが、野菜ジュースをつくる機械によって効能に特徴があると聞いた。
とてもうなずける話しだったな。
 
ぼくの好きな具は(具であっているのか?)
にんじん、
ほうれんそう、
ケール、
セロリ、
フルーツ系は、
ブルーべリー、やキウイ、
バナナはもちろん、
何でも入れちゃうけど、ちょっとだけミントを入れたりするとスッキリ感がでて美味しい。
ちなみに、イチゴはもったいなくて入れられない。大好物なのでそのまま食べる。
 
正直、この時間を楽しめるのは日曜日の朝になってしまう。
日曜日専用のお気に入りのボディシャンプーでシャワーをしたあと軽く身体を動かしてそのままジュース工場へ。
和食にもシリアルにも合うジュース&スムージーはぼくらしさを保つ大切なひとつ。
 
 
 
 
rashisa
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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