門を出て左に曲がり
首都高の側道に向かうとき
いつも思い浮かぶことがある
それは十数年後の自分
いつか歳をとって
あの若き日と今日を振り返ったとき
思いたいことがある
「あぁ、ぼくはずっと幸せだった、
あの日も、あの頃も、そして、、、今も、」
煌めくあの時代、愛する人を信じ続けてここまで来た。
巡りゆく季節はいつも違った物語りを連れ添いながら、二つと無い時間を観せてくれた。
それは、見る度に違う表情をしてくれる花のように、いつも優しい刺激と感動を与えてくれた。
夜、都会とは思えぬ静寂
聞こえてくるのは自らの鼓動
立ち振る舞いは思いやりにあり
微笑みだけが豊かさを紡ぎ出す
ううん、言葉なんていらないのだ、
目を瞑って思うだけで伝わるから。
目の前のものしか見えなかったあの頃、
ずっと変わらなかったこと、それは、
華やかさより、淑やかさを好み、
便利さより、丁寧さに心動かされた。
奥ゆかしさは、礼儀、
謙遜は、気品、
自分より、相手を思うことだけがぼくの根底に焼き付き今日まで息づいてくれた。
自然を愛し、生命を敬い、平等を尊厳した人生を貫きたくて、
今日も神から与えられた命に感謝を、と胸に手を当てる。
「あぁ、ぼくはずっと幸せだった、
ずっと健康であり、食べることに何不自由無く、周りには常に人が居てくれた。」
暮れゆく東京の空に、オレンジの夕焼けと紫色の雲、
都会のビル群の灯りはキラキラと星屑のように輝き、
海に揺らぐ屋形船の宴が聞こえてくるかのように。
今は無き、首都高13号地出入口、遠くに見えるフェリー埠頭、40年前は一面砂利の広場のようだったあの頃の台場の景色と、これからも永遠に変わるだろう憧れだった東京。
59歳の夏、
あと何回あの紫色の雲を観ることができるだろう。
あの門を出て左に曲がると、
そう思っているだろう未来の自分の姿が見える。




















